ベルばら恐るるに足らず

東京宝塚劇場花組「外伝ベルサイユのばら ―アンドレ編―」「EXCITER!!」-1

 ショーが最高!(涙)ですが、まずは「外伝ベルばら」をやっつけて。

 今回の花組は、宝塚をあまり観ない人、初めて観る人と観劇する予定があり、その相手にあらかじめ「とにかくヒドイから。話メチャクチャで崩壊しているし、外伝はさらにヒドイらしいから」(大意)と予防線を張ってきた私。だって、私らはヒドイとわかって観ているからまだいいけど、「宝塚の名作ですよね」などと期待してみたら、ショックが大きいんじゃないかと思い……。そんなこんなで、かなり覚悟していたんですが、観おわっての感想は、「つまらない。でも、破壊的パワーはそれほどでもないかも。これって『ただの駄作』レベル?」というもの。
 激怒モノではなかった理由は……宝塚の「ベルばら」につきものの「これだけは何とかしてくれ」という諸悪がこの外伝では結構なくなっていたのです。例えば、芝居の冒頭でなぜか延々と行われる、キッチュと片付けるにはあまりにもかっこ悪いピンクのヒラヒラレース満載のショー(?)とか、羞恥プレイにしか見えない、白タイツ「小公子」たちの「ごらんなさい」とか。原作漫画の絵から飛び出てくる登場人物とか、とても笑う気になれない失神夫人&悶絶夫人とか。あと、代々先輩から後輩に伝えられているうちに、劣化してただ形だけ引き継がれていると思われる長谷川一夫先生指導の横すわりオスカルとアンドレの変なポーズとか。
 ま、思わず脱力するギャグと言えば、プロバンス訛りを博多弁にしたとこぐらいですかね。しかし、それを最初に大きな声で言わされている、子マリーズ役の天咲千華ちゃん、かわいそー(彼女の一声が少なくとも観客の笑いをさそった博多弁としては最初だったような)。まあ、これも試練と思ってがんばってください。しかし本来は体験する必要のない試練だと思うが。
 しかし、失神夫人とか、小公子とか目立つ「トホホ」あるいは「怒!」なものを取り除いても、崩壊したプロットはどうにもならなかった、いや、古臭い飾りやはったり、ピンクのレースをはずしたら、崩壊したプロットだけが残っていた、といいましょうか……。激怒はしないけれど、沈滞ムードのベルばらでした。宮廷シーンが少ないから、ベルばららしい見た目の派手さもあまりないしね。それで登場人物に魅力がないからねー。
 そもそも、オスカルがナヨナヨしていて、なんで主人公アンドレがこんな女を愛しているのか説得力なし。しかし、ヅカファンおよび原作漫画ファンは、ここで自分の記憶の中にある、もっとまともなオスカルを思い出して目の前のオスカルに補完しちゃうんですよね。ああ、罪作りだわー。
 そして、マリーズ!! こっちは脳内補完も効かない新キャラなのに、全く共感できるとこなし。いや、アンドレを愛するあまり、振り向いてくれない彼を許せなくて、結果的に彼を死なせてしまう、という悲劇って、うまくやれば盛り上がるとは思う。誰だって心の中に魔物がいるはずだから。しかし、今作品では、そこまでの彼女の行動が単なる思慮不足で、彼女はただの「おばかさん」にしか見えないので、同情の余地なし!! しかもブイエ将軍の養女になって「磨かれた」ってなんだそりゃ! このベルばらは、作者の人格を疑うようなセリフは少ないかな、と思っていたけど、ここはイエローカードでしたね。
 そんな調子なんで、私なんて、本来、ベルばらでは一番盛り上がるはずのいわゆる「今宵一夜」の場面で、眠くなって、オペラグラス落としちゃいましたもん。
 覚醒できるシーンは、衛兵隊とか市民が出てくるところだけ。本当に、あの2つのシーンがあってよかったです。衛兵隊はいきがる下級生とチェックするのが楽しいし、革命のシーンは、フォーメーションとか振り付けとか、今までのベルばらと、だいぶ変ってカッコよくなったよね!! そう、革命ダンスに関しては結構近代化したと思う。いくらベルばらでも少しは進化するのね。
 それにしても、身分違いの恋に悩む月のような男アンドレって、主人公にすると、けっこう美味しいはずなんだけどなあー。本当に「ベルばら」って素材は悪くないと思うから、これ以上、原作を冒涜するのはやめて欲しいですわ……。あとは、どうしても「ベルばら」やるなら、せめてノー天気な華やかさだけは伝統を守った方がいいような。作品が崩壊している上に、地味だと、救いようがないですな……。
 というわけで、すごいモンスターと対決するつもりで言ったら、相手が弱っていたので、気が抜けた、という感じ。結論「ベルばら恐るるに足らず」

 

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タレンタイム@東京国際映画祭

う、人生で必要な知恵は宝塚以外からも学んでいるのだ。
ということで、久しぶりの「アジア映画」。
もう閉幕してしまいましたが、第22回東京国際映画祭より。

「タレンタイム」(2009年 マレーシア)
監督:ヤスミン・アフマド

東京国際映画祭サイトの解説はこちら

「タレンタイム」は、今年の7月に急死したヤスミン・アフマド監督の最後の長編。
民族を超える愛、赦し、愛する人の死など、
今までのヤスミン・アフマド作品のテーマが全部入っている感じ。
(……と言いつつ、実は私「タレンタイム」を含め3作しか見ていないけど……)
中でも、一人息子を残し死んでゆく母親(この女優が肝っ玉母さん系でいい!)のエピソードが監督とダブる。

ストーリーは、一応青春群像風。
タレンタイムという発表会というかコンテストに出ることになった
高校生がオーディションから本選までの間に
人生のさまざまな試練を経験していく……というもの。
中心になるのはタレンタイムに出る高校生女1人男3人とその家族たち。
彼らが経験するのは、民族を越える恋、友情と嫉妬、家族の死、などなど、
で、ベタと言えばベタな話。

でも、そこにユーモアと、限りない人間賛歌があるんですよね……。

もう号泣でした。必ずしも号泣イコール名作ではないけれど(号泣しつつ、
ちっ、泣かせツボは抑えているけど、ちょっと安易じゃね? という作品もありますよ。一応)これは、名作、わたし的には、東京国際映画祭ベストワンですね。

去年見ていなかった、前作、「ムアラフ」を今年見ることができたのですが、
「ムアラフ」もすばらしい作品だと思うけれど、
テーマの重要な部分である「赦し」の宗教的な側面が、
ややとっつきにくいのは確かで、その点では、
この「タレンタイム」のほうが作品の幅が広いと言えそう。

いや、「ムアラフ」も本当に魅力的な作品で、
ある意味、より意欲的なのかもしれないけれど。

ヤスミン映画のすばらしいところを一つ、
それは出てくる女性がマトモなところ。
今作品はいつものオーキッドちゃんが主人公ではなく、
ヒロインの比重はそれほど高くないのですが、
ヒロイン以外でも、モダンで教育もあって、古い慣習に縛られないヒロインの母親
(この母親がヤスミン本人に一番近い存在かな)、
死が近いにも関わらずユーモアを失わない、マレー系の男の子のお母さん、
など女性の登場人物がすごく魅力的に描かれている。
ヒロインのボーイフレンド(彼がインド系モスリムで、ここに人種の壁を越える恋が描かれる)のお母さんも重要な役だし……。
いや、男性も存在感がないわけではないし(というか、高校生群像のうち、
ヒロイン以外の3人は男の子ですから、男子比重は結構高い)
子供も大人もいい味出しているんですが。

ヤスミンの新作がもうこれ以上見られないことが本当に残念。
準備中だった作品「わすれなぐさ」はヤスミンの祖母(日本人)がモデルの作品だったということで、これまでの作品とはまた違った彼女の面が見られたのかもしれないと思うにつけ……。

全作品上映の機会を熱望。

ここで、いきなりアン・ホイと比べるのは唐突ですが、
同じアジアの女性の映画監督でも、
私はアン・ホイよりだんぜんヤスミン派なんだなー。

ヤスミンの作品は多民族国家マレーシアに深く根ざした映画であることは
違いないんだけど、同時に
それを越えた普遍的なものがあり、宗教とか民族の状況は違っても、
「これは私たちの(同時代の)物語である」と思える=共感できるんです。
アン・ホイの描く香港は、どっちかと言えば、マレーシアよりは
今の日本に近い社会なのかもしれないけれど、
距離を感じるというか……。うーむ。
問題へのアプローチの仕方の違いなんでしょうね。
これについてはまた。

最後に、状況は違ってもじゅうぶん共感できる、とはいえ、映画を観ると
マレーシアの社会状況について、ヤスミンについて、
もっと知りたくなってしまうわけですが、
「ジャカルタ深読み日記」が大変参考になりました。感謝。
「タレンタイム」で死にゆく肝っ玉母さんを演じた女優さんが実際に
ガンで闘病中……という話が紹介されていたり。

<おまけ>
だめだ……。映画の話久しぶりなせいもあり、何度も書き直しちゃって時間が……。
次は、「キングコングを持ち上げる」だ!と予告して自分にプレッシャーを。

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メイエルホリドたちに捧げる……?

東京宝塚劇場雪組「ロシアン・ブルー」「RIO DE BRAVO!!」-1

 宝塚は、生徒を観に行くところ。だから、作品が難ありでもなんとか我慢して生徒を観て探して楽しむ。それがすっかり習い性になっておりましたが、そりゃ、やっぱり作品はよい方がいいわけで。今回の「ロシアン・ブルー」は、別に宝塚を差し引いても楽しめる、そしていろいろ考えさせられる良作だったと思います。

 最初の音楽なんかも、昔のハリウット映画風でわくわくするし、しゃれてますよね。

 しかし、この作品、ハリウッドのスクリュー・ボール・コメディ風でありながら、扱っているのが、革命後のソビエト社会に吹き荒れた「粛清」ですよ。「粛清」。なんと野心的な試み。
 それだけでもすごいのに、オマージュをささげられているのが、メイエルホリドを中心とする、革命直後のロシアの芸術家たち……。正確に言うと、メイエルホリドは名前だけで本人は登場せず、その妻、娘、そして弟子?のエイゼンシュテイン、佐野碩、グレゴリー・アレクサンドロフ……。作者の思い入れの強さがヒシヒシと。

 大野センセイお得意のプログラムに書かれた登場人物の詳細なプロフィール。今回は特に量が多かったような。しかし、実在の人物を劇中に出している割にプロフィールの最後に、「架空の人物」とつく人が多すぎるから!!とまず、つっこんでおきましょう。主人公が架空の人物なのはいいにしても、実在の人物がもう少しはっきりと主人公に絡んで重要な役割を演じないと、実在の人物出している意味がないんじゃないでしょうか。そして……もう一つ致命的な欠陥が。その数少ない実在の人物がちょっとマイナーすぎませんか……。つまり、大野先生の細かな解説を読まないとどういう人かわからないような人では、実在の人物出している意味がないっていうか……。実在の人物って、観客がある程度知っているから出す意味があるんですよね。たとえばスターリンのように。

 まあ、このへんは私の教養の無さが露呈するだけかもしれませんが、劇中の「実在の人物」で、私が知っていたのは、「戦艦ポチョムキン」のエイゼンシュテイン、語られるだけで出てこないけど、重要なメイエルホリドは名前だけ。それから佐野碩は最近日本で本が出版されたよね、彼も名前だけ。以上。あとは、ミハイル・ゲロヴァニも、エジェフも、グレゴリー・アレクサンドロフも、ジナイーダ・ライフ(メイエルホリド妻)もタチヤーナ・エセーニナ(ジナイーダ娘。つまりメイエルホリドの義理の娘)も知りませんでした。まさに、「知っている人!」(by音月桂)「……(しーん)」ってな感じなんです。

(余談:あ、今プログラム見ていて気づいたんですが、ケロヴァニさんを追っかけて出てくる衣装係のナターリア・プリセツカヤは、「架空の人物」ってプロフィールの最後に書いてない。実在なのか???)

 大野センセイは、メイエルホリドを初めとする粛清の犠牲になった芸術家たちへオマージュを捧げているんだろうけど、だとしたら、もうちょっと彼らの偉大さと悲劇をはっきり説明あるいは示唆するべきだったのでは? 彼らはそもそも観客にはそれほど有名ではないし、劇中でもあまり大きな役割を果たしていないので、このあと彼らが粛清の嵐に飲み込まれる、という哀しさがいま一つ伝わらなかったような……。もちろん、彩那音演じる佐野碩と奏乃はると演じるエイゼイシュテインとの会話などにその後の悲劇は暗示されているんだけど。

 とはいえ、2度目の観劇のときに、メイエルホリドの義理の娘タチヤーナ(演じるのは愛加あゆ)の「世界で最も先進的と言われる劇団が実際は(上演許可がもらえず)この有様よ」(正確なセリフは覚えていないんですが、そんな内容)とつぶやいたとき、思わず、じーん、としてしまいました。そこに、作者の粛清されたソ連の芸術家たち、さらには、官僚主義やバカなスポンサーの介入を受けて苦しんでいるあらゆる芸術家たち、への思いが込められているようで……(ついでにバカな上司の気まぐれに苦しめられている、あらゆる会社員も加えちゃったりして……(笑))。
 これは、いろいろな人が言及していることだけど、大野センセイの作品には、表現の自由を制限される人々の話とか、組織によって自由を奪われる個人の話が多い。愛加あゆのセリフからは、そんな作者のテーマがはっきりと浮かびあがってきていて、(あるい意味ベタなんですが)なんか虚をつかれてしまったようです。

 とはいえ、権力に対する個人の自由、尊厳をテーマにして、スクリュー・ボール・コメディってそりゃ難しいなあ。そういう意味では、映画の検閲をダイレクトに扱った旧作「ヘイズ・コード」のほうが成功していたと言えるかも。「ロシアン・ブルー」は、粛清と魔女狩りを重ね合わせて魔法使いの話にしたりして、ちょっと収拾がつかなくなった感じがややあり……。でも、もう少し要素を整理することができるようになったら、きっとすごい名作が生まれるんじゃないか、と私は大野センセイには期待しています(すみません。えらそーで)。あ、今もけっこう名作だと思ってます。「ロシアン・ブルー」だって、作品全体を見れば、ちゃんと楽しい洒落たミュージカルになっていると思うし……。

 おまけ

 ウィキペディアによれば、メイエルホリドの粛清には、女優岡田嘉子と国境を越えてソ連の亡命した杉本良吉も関係しているんですね(拷問されてメイエルホリドと佐野碩がスパイであると証言。後に否定)。そして、メイエルホリドが逮捕された直後に、妻は自宅でナニモノかに殺された、と……。これは、ちょっとプログラムのプロフィールに書くのはためらわれますね。史実は相当陰惨です。

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ホゲ様はじめ人生いろいろ

東京宝塚劇場星組「太王四神記 Ver.II」-3

バウホールなどの小さい劇場の作品にもいいものがあるけれど、やっぱり大劇場で、下級生まで組の生徒全員が舞台に上がる作品はいいですねー。モブでがんばる下級生を追うのも楽しいし……。
太王四神記で見た、ジェンヌ人生いろいろ。

<がんばっていた人>
凰稀かなめ……ホゲがヘタレだったとか言われていますけど、当人比がんばっていましたよね。メイクもいつもより濃くって、ちょっと柚希礼音に似てた? 本来、似合うのは、スーツモノだと思いますが、こういう濃い役、時代劇をやって、表現力に幅をつけていくことが大切なんだろうなあ、と。ただ、トップ目前の大空祐飛がやった初演のホゲは、2番手なのに美味しい役だなーと思ったのに、このホゲは特に美味しくない、フツーの2番手役でした。まあ、劇のバランスとしてはそれが正しいのでしょう。柚希礼音凰稀かなめのトップ2番手は、対照的でいい組み合わせでは? ただ、男同士で萌える、というのとはちょっと違いそうですが。主に礼音が。

<ちょっとだけ残念だった人>
柚希礼音……鎧が似合う。いい役でお披露目よかったね、と思いつつ、彼女のようなショースターが一本モノお披露目だったのはちょっと残念。歌も上手くなったんで、あとは甘さとか色気が出れば最強なんだけど、それはないものねだりというものでしょうか?

<お気の毒だった人>
夢咲ねね……できる人だと思うけど、どうにも役と合わなかった。初演の花組桜乃彩音は器用なタイプじゃないけど、低温キャラが「巫女」役にぴったりだったせいもあり、つい比べてしまう……。夢咲ねねはもっと表情が豊かな役だったら何の問題もなかったんだろうけど、やっぱり現代モノとか庶民的なキャラが嵌るタイプなのかな。今回はお気の毒。スタイルはいいはずなんだけど、今回の巫女ルックはそれほど合っていたとも思えず……。

<抜擢、大活躍の人>
美弥るりか……今回の一番の抜擢は彼女では? 確かに、男役にしてはキュートすぎるかもしれないけれど(だから今回のスジニははまり役)、こんなに達者なのに、本公演では、今まであんまり大きな役についていなかったような。何をやっていたんだ。劇団のバカバカバカ!。新公では、それなりの役についていたみたいだけど、本公演ではあまり目立つ役やってなかったよね。あと、バウ・ワークショップの2番手か。

<宝塚に欠かせない人(シミジミ)>
鶴美舞夕……いわゆる路線ではないけもしれないけれど、こういう美しくて手堅い中ぐらいの学年の男役の存在こそが、宝塚には欠かせないと思うわけです……(大階段の男役燕尾のときにもそう思いますね)。今回も美城れんと二人、ヨンホゲさまの後ろについて赤軍の兵士として出てきて、青軍とか黄軍と戦うわけだけど、赤軍の兵士は登場しただけで、他軍の兵士たちより輝いてました。やっぱり花がある、といいましょうか……。さすが先輩! スターばかりで宝塚は成り立っているのではないのです。

<そして私の目を楽しませる若い人たち>
星の下級生といえば、まず、夏樹れい。彼女はエル・アルコンのときぐらいからチェックしているので、今はもうかなり簡単に識別できます(笑)。風貌に特徴もあるしね、と思っていたら、今回、フィナーレダブルトリオではありませんか。新公などではもう披露しているみたいだけど、歌がうまいらしい。ぜひ、聞いてみたい!! 男役にしては顔がかわい過ぎかな?というところをちょっと危惧しとります。
新しいところでは、今公演のチョクファン代役で認識した、本城くれは。線は細いけど、背がけっこう高いんですよね。いいことだー。メイクもなかなかお上手です。そして、本城くれはと一緒にセドル(壱城あずさ)の仲間をやっているのは、真月咲かな。全身のバランスがいいのは本城くれはなんだけど、彼女のお顔もけっこう好みなんです。
彼女たちに限らず、戦士役だと、かつらも長髪とかいろいろ工夫できるせいか、この公演、けっこう美しく仕上がっている下級生が多く、眼福でございます(これが日本モノだとそうはいかない……。化粧が難しいんでしょうね)。
紅ゆずる演じるチュムチが仲間を連れてきて……のところで、「シウ部族」として、若手がだいぶ加わるんだけど、ここで私の目を引いたのは海隼人天寿光希かな。特に天寿光希は、本来可愛い顔立ちで、よく子役とかやっているんだけ、このシーンでは、黒い衣装がお似合いの精悍な美形に作ってきてました。
あと、前の公演ぐらいから見ているのが、研2の漣レイラ。もともとはスカステ文化祭映像で認識。背は大きいし、所謂美形とはちょっと違うけど、少年ルックスで表情や所作に安定感があり、目に付きます。
少年ルックスといえば、ライバルが登場。漣レイラと同様、スカステ文化祭映像でしっかと目に焼き付けてたのですぐわかりました。現在研1のひろ香祐。無理なく男の子(しかも腕白系)に見えるところは貴重です。芝居も大きいので群衆シーンでもけっこう目につきますね。さらに、研1といえば、武道大会で赤軍の残りの1人だったのは、成績優秀者の礼真琴かな? 目元涼やか、美形です。

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「大江山花伝」は名作なのか?

博多座宙組「大江山花伝」「Apasionado!!Ⅱ」-3

「大江山花伝」は本当に名作なんでしょうか?
 う、たいそうなタイトルをつけてしましました。
 しかも、原作は読んでいません。かつ、初演も見ていません。あくまで2009年夏に博多座で上演された宝塚の「大江山花伝」について、です。
 名作の誉れ高き、「大江山花伝」。確かに、鬼と人間の間に生まれた茨木童子を主人公とする悲恋物語は宝塚向きの設定だと思う。特に今回は、クールな持ち味が売りの大空祐飛が主演なので、嵌り具合はバッチリ。さらに、宝塚の”北島マヤ”野々すみ花が長ゼリフで観客の涙を絞り、作品は成功を収めていたと思います。

 しかし

 劇中にはところどころ疑問があり、「これって(そりゃ、笑うしかないような駄作を連発する昨今の宝塚の中では良作の部類に入るけど)言われるほどの名作なのか?」と思ったのもまた事実。そんな感想を持ちつつパンフのあらすじを読んでいた私は、重大な発見をした。「パンフのあらすじ読むと、名作じゃん!!」(笑)。

 たとえば、次の箇所。

「茨木と藤子は幼い日、お互いの変わらぬ想いの証に、藤の花模様の焼印を腕に押した」

 これだけ読めば、ちょっと倒錯気味だけど、ひりひりするような愛のエピソードで美しそうなんですが、実際舞台の上で繰り広げられていたのはちょっと違いました。
 子役の演じる茨木と藤子(推定6歳)が、舌ったらずな会話で愛の確認をしたあと、姫が「おまえは私のものじゃ」と言い出して、茨木に焼印を押すよう命じ、言われた茨木ががんばって自分の腕に焼印をジャー。そのあと(一応、そのやる気に答えようとしたのか、はたまた対抗心からか)藤子も自分でジャー……。
 ええええ。いくらなんでも姫様わがまますぎだし、突拍子なさすぎ!!!で、私は唖然。いくら時代がかったおとぎ話でも、ちょっとついていけなかったんですが。(それとは別に私はそもそも、宝塚の子役演技パターンが苦手。たぶん男役演技なども時代とともに変ってきているんだろうから、子役演技ももう少しナチュラルにやってよいのでは……)

 この姫どうかしてますよね。かなりやなヤツだ……。それに、ヒロインがイヤな女って、そんな女を(いくら子供のころだからと言って)愛している主人公の男を下げかねない事態で、宝塚的にも非常にマズイです。ここで、姫に嫌悪感をあまり抱かずに済んだのは、成人した姫が非常にまともな女性だから。きっと、お姫様も家が焼けて顔に火傷もして、改心したんだろう……と一応想像できたし(やや強引ですが)。

 もちろん、腕の焼印は藤子が茨木と再会するきっかけになっているから重要なんですが、なんとかならなかったんですかね。この回想シーンは。たとえば、もう少し二人の年齢を上げ、二人の関係は宝塚の永遠の名(迷)作「ベルサイユのばら」仕様でどうでしょう。
 幼馴染とはいえ、身分の違いを自覚している二人は、いつか引き裂かれると分かりつつ、愛し合っている。そこで、藤子に縁談が持ち上がる。死のうとする藤子。「姫、死んではなりませぬ。生きていれば、いつかは会えることもありましょう」「いやじゃ、茨木、いつかおまえは私のことを忘れて誰かほかの女と……」「そんなことはありませぬ。茨木、証をお見せします(ジャー)」。
 あるいは、藤子の親が二人が愛し合っていることに気づき、激怒、茨木が、屋敷を追放される直前に、「私は死ぬまで姫様のもの!(ジャー)」。そのあと、茨木がいない屋敷で抜け殻のようになった藤子もジャー。

 過去のエピソードであまりややこしい話をしたくない場合は、もっとシンプルに、藤子を助けようとして、茨木が木から落ちたときの傷とかでもよかったのでは? これなら子供設定でも可。藤子がトンデモ女になるよりは。藤子に傷はなくても、茨木は顔見りゃわかるわけだし。

 もう一つは、「萱野とこぞ丸~」のところ。(追記:これそもそも誤解していたようなので修正しました)

 ふたたび、あらすじより。

「ある荘園に迷い込んだ茨木は、幸せになろうとする恋人達を嫉妬心から死に追いやってしまった。己の中に潜む『鬼』に気づき慄いた茨木は……」

「己の中に潜む『鬼』に気づくエピソード」であることは明白なんですが、ほとんど歌で説明されるので、私はいまいち状況がわかりませんでした。いや、自分の理解不足を棚に上げるようですみませんが……。
 茨木が荘園で、萱野とこぞ丸という下働き?の子と仲良くなり、3人で逃げようとしていたところに萱野の昔の男が登場、萱野が裏切る。茨木はそれを密告し、萱野と昔の男が殺される。そこで、こぞ丸が茨木にキメゼリフを絶叫「おにー!」……。
 実は、私がてっきり恋人なのかと思っていた萱野とこぞ丸は、どうも姉弟だったらしいです(笑)。というか、少なくとも、大人の女と男の子だったようです。なるほど、それで、動作が子供っぽかったのか。それに、よくプログラムを読めば、こぞ丸は娘役がやっているから、子どもなんですね。タカラヅカ的には。

 やっぱり、わかりにくかったような……。3人でかごめかごめなんかしているから、茨木が萱野を嫉妬するほど好き、って伝わってこなかったです。単なる仲良し3人組かと(笑)。短いエピソードだから、こぞ丸が出てこない方がいいのかも……。「おにー」と叫ぶこぞ丸だって、そもそも萱野に裏切られている、というややこしい状況なわけだし……。
 こぞ丸の存在をカットして、萱野と茨木のほのかな恋のシーンを見せ、昔の男登場、萱野裏切り、茨木密告のあと、萱野に「おにー」と言わせるか、萱野のなきがらを抱いて、我に返った茨木が「私は鬼じゃー」と慟哭するとか……。どうですかね?

 さらに、あらすじに書いてあるほど、劇中で明白じゃないのでは、と思った箇所がもう一つ。

「恋しい茨木を目の前にしても、醜い我が身を恥じ、藤子だとは名乗らない藤の葉」

 私、この「醜い我が身を恥じ」が、観劇しただけだと、あまりここがピンと来なかったんですが。特に傷メイクもないし、普段は髪で傷は隠れていることになっているし、傷については、鬼の仲間がはやし立てるところと、最後に茨木が「きれいだ」という以外ほとんど触れられていなかったように思いますが……。彼女にとって傷がどれほど大きなものか、というのをもう少ししつこくやらないと、彼女が『我が身を恥じ』ているのがわからないのでは、と。だいたい渡辺綱だって、彼女の傷を知った上で、嫁にするとか言っているわけだし……。これって私の想像力が足りないのかしらん……。例えば、天涯孤独になったあと、苦界に身を沈めていたので、「我が身を恥じ」とかならまだわかるんですが。あー、でもかつてのような姫ではなく、下働きに身を落としていることも含め恥じているのかな……。でも、渡辺綱相手なら、下働きに身を落としていることを恥じるのも不自然ではありませんが、相手が鬼だから身分とかどうでもよさそうだし……。

 うーん、こんなことあれこれ書くのは蛇足かもしれませんが、やはり、特にこういう時代がかったものって、現代でもそれなりに納得できるような見せ方を考えていかないといけないと思うんですよね。そして、この「大江山花伝」については、演出のやり方次第でもう少し盛り上げることができたのでは、と思いました。惜しい。

 名作の誉れ高い柴田作品ってどうもこのパターンが多いのでは??

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新生宙組成功の鍵

博多座宙組「大江山花伝」「Apasionado!!Ⅱ」-2

 祐飛君に限らないけど、宝塚は、トップさんに注意深く宛書をすれば、かなりの確率で舞台は成功すると思う。そして、祐飛君は失敗作をやっている時間がない! 

博多で私が学んだ新生宙組成功の秘訣

その1:芝居の見せ場はトップ娘役の独白で。そこにいたるまでのストーリーが多少辻褄が合っていなくても、ある程度帳消しにし、観客の感動は最低2割はアップします。

その2:これは初歩的な大原則ですが、芝居の主人公は影のある大人の男で。なさけない弟分(例:パリの○○よりも高く)はもちろん、白い王子様とか純朴な好青年も止めましょう。

その3:芝居、ショーを通してあまり難しい歌をトップ男役に歌わせない。特にアカペラは禁止。

その4:ショーのラテンでは、明るく「おらおら~」のサンバ系よりはニヒルなスパニッシュがオススメ。

いまのところ、こんなところでしょうか?

(追記)
その5:セリフ劇は避ける。→それじゃあ、その1と矛盾しているでしょうか? トップ男役は背中で語らせ、トップ娘役は演技で泣かせ……ってことで。

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代役Ver.Ⅱ

東京宝塚劇場星組「太王四神記 Ver.II」-2

 いやー、22日の代役の話を、24日未明にアップしたら、その日の午後(夕方?)には休演者復帰が発表されたと思ったら、翌25日には今度はヤン王役の一樹千尋の休演が……。

 日々流動的……。

 そして、私は、その代役公演も見てきました。ヤン王は水輝涼。実は水輝涼君は星組では、「もっと使ってほしいジェンヌ」のベスト5には入るのですが、ヤン王は、彼女の売り、歌がなかったせいか、ああいう年配者演技はさすがに難しいのか、やや平凡なでき。いや、貫禄はけっこう出ていたし、特にハラハラさせるようなところはなかったですが……。

 で、代役でないときの彼女の見せ場、関彌城の家来(伝令?)の役は誰がやるのかな、と思ってオペラグラスを覗いていたら、本人でした。思わず「若い!」と思った私(笑)。確かに、別に、このシーンの前後はヤン王様出てこないから、ここまで玉突きで代役にする必要はないですね。 このシーンはいつもセリフ声も重々しく、いい仕事しています。両方見れてラッキー。

 インフルエンザ、治まるとよいですが。

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突然の代役

東京宝塚劇場星組「太王四神記 Ver.II」-1

 22日(土)の11時公演見てきました。休演者が出て代役公演になったしょっぱな。実は、劇場には張り紙がちゃんとしてあったらしいんですが、例によってギリギリにかけこんだ私は、それには全く気づかず、観劇中は混乱。

 なぜか、5部族の族長の1人が天霧真世から朝都まおに代わっているのは割合すぐに気づいたのですが、その他の代役(磯野千尋休演に伴い、ヨン・ガリョ役がにしき愛に、にしき愛のやっていたフッケ将軍が美城れんに、それで、美城れんのやっていたチョク・ファンを本城くれは、と玉突き状態になっていた)に全く気づかず、私ときたら、「鶴美舞夕と対で家来の役をやっているのは一体誰だろう。ちょっとした抜擢なのに、なぜ前回の観劇で気づかなかったのかしらん……」てなことをずっと考えて、休憩時間もプログラムをチェックしていっしょうけんめいそれらしい若手を探したりしていたのです。

 そもそも私が役名をしっかり把握していなかったのと、「玉突き」が起こり得る、ということがいま一つわかっていなかったのがいけないんですが(と、いうか、張り紙見ようよ。周りの人だって休演の話していたはずだし)……。けっこう前回の記憶も曖昧で、にしき愛の役が違っていることに一旦は気づきつつも、「私の勘違いだったかな」などと思ってよけい迷走していました。バカバカ……。全部終わったあたりで、やっと「ここもあれも代役だったんだ」と気づきました。

 それにしても、本城くれは君、きっと大変だったよね! 新公の役だからセリフとかお稽古はある程度してあったとはいえ、新公ではカットされたシーンもあっただろうし、セリフが同じシーンでも、相手が違えばまた芝居も違ってくるだろうし……。研4で現在売り出し中の真風涼帆君と同期のようだけど、この役、チョロよりも出番は多いし、代役じゃなければ、「抜擢」だよねー。本当にちょっとした運命のいたずらで、急に大きな役をやることになってしまったわけで……。
 彼女は健闘していたと思います。線が細いのと、お顔の印象でちょっと可愛い感じに見えてしまっているのが残念でしたが、化粧もまずまず、美しく仕上がってましたし(プログラムの写真よりはずっとよかったです)、佇まいは割と堂々としていました。おバカな私は、代役だと気づかなかったぐらいですから……。今思えば、美城れんよりはだいぶ若返っていたとは思いますが、鶴美舞夕に比べて、すごく若い、というほどでもなかったような……。いや、美しさでは鶴美舞夕に一日の長がありましたけどね。このチョク・ファンという役、鶴美舞夕演じるイルスが一の家来で、その次かな?とも見えるのですが、靺鞨(まっかつ)では、主君ホゲ(凰稀かなめ)を諌める非常に重要なセリフがあるんですよね。ここのセリフはちょっと重々しさが足りなかったかな……。でも、私が観たのは代役初日ですから、今後どんなふうに変わっていくか、楽しみ。
 インフルエンザによる休演は非常に残念なことですけど、そこで、思わぬ代役が回ってきた若い生徒がその機会をどう生かしていくか、これは非常に興味深いものではあります。トート閣下もおっしゃっているではないですか。「予定通りいかない。番狂わせがおもしろい……」
 本当に人生にはチャンスってそう何度も巡ってこないですからね……。与えられたチャンスは最大限活かさないと……(→人生で必要な知恵はすべて宝塚から学んだ)。
 代役ということで言えば、玉突きの最初のお二人、にしき愛美城れんはさすがの貫禄でしたが……。この2人の場合、新公でこの役をやっていたわけでもなく、もちろん代役は前から決まっていたのでしょうが、代役をやることになってからの短い間(詳しい状況は知りませんが)であそこまで仕上げてしまうなんてやっぱりジェンヌさんはすごいなーと。宝塚の底力、見せていただきました。
 

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真夏の博多で考えた

博多座宙組「大江山花伝」「Apasionado!!Ⅱ」-1

 まあ、要するに祐飛ファンだろうと言われれば確かにそうなんですが、「宝塚に必要なものは何か」をシミジミと考えてしまう公演でもありました。

 宝塚の芝居で必要なのは、ジェンヌへの宛書。宝塚の男役に必要なもの、佇まい。この2つが満たされていたので、この公演は基本的に成功していたと思う。

「大江山花伝」は、大空祐飛野々すみ花、さらに2番手男役の北翔海莉が役にぴったり。再演なので本当は宛書じゃないけど、まるで宛書したかのようでした。その時点で、芝居は50パーセントは成功していましたね。さらに、恐るべき娘役野々すみ花のクライマックスの長ゼリフがダメ押し。作品を底上げしていました。
 小さい野々すみ花が刀を手にささささーっと舞台中央に出てきて、「茨木、私の茨木!」と言ったあたりでもう私の涙腺にスイッチが入り、「人間の方がよっぽど鬼じゃ」みたいな、冷静に聞いたら、「そこまではっきりセリフにして口に出さなくても」といえなくもない「作者がこのお話で一番言いたかったこと」を語りだした時にはもう完全に堤防決壊状態。「参りました!」という感じでございます。細かいところではいろいろ不満はあったんですが、あのすみ花ちゃんのセリフで泣かされて、アラも吹き飛び、すっかり名作を観たような気分にさせてくれます。いや、駄作とまではいいませんが……。

 そして、祐飛君、人間と鬼の間の子という「人でないもの」をやるのは嵌るだろうと思っていたから芝居はあまり心配していなかったのですが、ショーでも、底ヂカラを見せ付けましたね。宝塚のセンターに立つ男役に必要なものは、ダンス力ではない!歌の上手さでもない(ま、歌は上手いのに越したことはないけどね)! 男役としての佇まい、つまり、どれだけかっこよく存在できるか、見せられるかなのだ! 「きれいな女なんていっぱいいるわ」じゃないけど、彼女よりダンスの上手い子も歌の上手い子もいっぱいいる。でも、トップってことはそういうことじゃないんだよ、と。

 そういう点では、大空祐飛は「まごうかたなきチュシンの王」(byキハ@太王四神記)じゃなくて、「まごうかたなき宝塚スター」なんだと確信。ちょっと芸風が正統派とは違うかもしれないけど。ショーで言えば、「ヴァレンチノ」なんていうのは得意だということは前からわかってはいたけど、小林幸子衣装とか、ギンギラのスパンコールで真ん中にドーン!というシーンも、ちゃーんとそれらしく見えていたのだ。全然OK。これは、正直期待以上でした。彼女が極めた男役芸と、宝塚が培ってきたスターをそれらしく見せられるノウハウの両方をリスペクト!

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本役さんさすが!@ゾロ

東京宝塚劇場雪組「風の錦絵」「ZORRO 仮面のメサイア」-1

 新公その1から全然進んでいないうちに千秋楽が近づいている……。今日はゾロの新公を見て、「本役さんさすが」と思ったシーン2つ。

その1……ディエゴのヘタレ演技。
その2……ロリータが、屋敷のベランダ?にかかっていたスペイン国旗?をヤケを起こしてひっぱり下ろすときの「うぎゃー☆」。

その1は、さすが水さん(水夏希)、亀の甲より年の功じゃないけど、うまい。香綾しずる君は、ヒーロー然としているところは、けっこうサマになっていたけど、この、ヘタレはあまりヘタレて見えませんでした。本役とは演技プランを変えたのかもしれないけど、あまりこっけいに見えなかった……。うつけを「演じている」んだから、相当オーバーにやらなきゃいけないんだけど、中途半端だったかな。ただのおっちょこちょいというか。その点、このシーンの水夏希は、ゾロのときとは全然違う、情けない男になっていました。今日の格言。「経験に勝るものはなし」

その2は……。愛原実花の悲鳴はフツーの悲鳴でしたが、白羽ゆりのはかわいいんですよね。愛原実花は演技派だから、これは鍛錬してどうというより、もうキャラの問題かな……。あとは、おバカになりきれるかどうか、という……。まあ、おバカになってもかわいいのが白羽ゆりの余人をもって変えがたいところの一つなんでしょう。ってことで、「人には持って生まれたものがある」

本当に、人生で必要な知恵はすべて宝塚から学べるのであった……。

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