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March 30, 2017

実力派娘役大活躍!MY HERO

花組 赤坂ACTシアター公演「MY HERO」-3


 東京公演も終わりました。最初は違和感満載でどう説明していいのか分からず思ったことを書いてしまいましたが、少し考えがまとまってきたかな。
 私がこの作品にもつ不満は、第一に、私の好きな鳳月杏がやっている二番手役のテリーが書き込み不足でしどころがない、ということにあり、これはファンゆえなんでちょっと思いが強すぎたかもしれません。しかし、第二に、第一の不満とも関係はあるんだけど、主人公ノア(芹香斗亜)をめぐるドラマとしての盛り上がりにやや欠けるのではないか、ということがあり、第三に、ドラマが盛り上がらない代わりにいろいろぶっこまれている小ネタがなかなかデリカシーに欠けていてあまり笑えない(+世代等の問題によりあまりピンとこない)、ということがあるのです。
 
 第一についてはもうだいぶ書いたけど、もしかして、鳳月杏の持ち味はクールでちょっと影のある雰囲気だからこれでいいとか思われていないでしょうね……。いや、クールで影のある持ち味と、「影はあるけど、なんでそうなったのかまったく書かれてない役」とは全然違うと思うぞ。あの中途半端さはやっぱり残念です。確かにまったく唐突にマイクパフォーマンスが入るなど、かっこいいシーンを作ってもらっているけど、ただ場面があればいいというだけではなくて、納得のいく人物にしてもらいたかったな……と。ちゃんと書き込めば、主役のノアとの関係ももっと明確になって、主役との比較の上でもよかったと思うけどな……。
 そのあたりがドラマ全体の盛り上がりにも関連してくると思うわけで。偉大なスーツアクターだった父・ハルへのコンプレックスとその父の再婚相手メイベルさんへの複雑な感情だけでなく、やっぱり男同士のライバル関係&友情をじっくり見せてほしかったですね。
 で、小ネタの話ですが、この公演はけっこう笑わせるシーンが多い(それが滑らずうまくいっているのは有り難いのだが)。しかし、老人ホームのジジババネタは、少年マンガとかにはありそうなギャグだけれど、わたくしのようなおばさんが見るとちょっと笑えないかな……院長のお尻を触ろうとするおじいさん、も含め。それから、華雅りりかが熱演している老人ホームの院長が「このジジイとババアとおさらばしたら幸せになれるのではないかしら」的なことを言うけど、彼女は仕事だからやっているけど、ジジババは本当は嫌い、かつ、このホーム(仕事)のせいで婚期を逃していると思っている、ってことですよね。全く笑えない。全女性観客を敵に回したな、と言いたくなるような設定。観客ほとんど女性だけどね。あ、あと、ノアがテレビショッピングの番組に出るんだけど、そのシーンも不必要に長いような……。あそこは若草萌香ちゃんが上手いからなんとなくごまかされているけど。などなど、余計なディテールに勢力を注ぎすぎて、肝心のドラマが今一つ深まっていないのではないかと思うし、そのギャグにイエローカードレベルのデリカシーのないものが多かったかな、と。
 あとは、フィナーレに地下アイドル(?)の歌などを使っているようですが、個人的にはあまりしっくりはきませんでした。このへんは完全に好みの問題かと思いますが。あと世代も?
 フィナーレと言えば、ミリタリールックも唐突。そりゃ、フィナーレになると芝居の流れをぶった切って全然違う衣装というのはよくあることで、「アイラブアインシュタイン」の黒燕尾なんか、むしろ「先生ありがとう」とファンは涙したわけですが……。ミリタリーってすごく意味のある衣装だと思うので、今回全く軍隊と関係ないお芝居なのにどうなのかなと思いました。
 要するに「男の子が好きなもの」がいっぱいということなんでしょうかね。うーん。観客がほとんど女性なのに、それってどうなの、と思いますが、まあそれを置いておいても、老人ネタとかはセクハラネタはどうなのかな……。
 ああ、でもこの作品は下級生まで細かくセリフがあって、その点では宝塚作品として大変優れていたのは間違いありません。これ大事!
 
では、生徒別の感想……下級生を中心に、この公演で株を上げた人たち(すでに言及した人は除きます)の前に、まずは忘れちゃいけない主演のキキちゃん。彼女も株は上がったと思いますけど。
 
芹香斗亜(ノア・テイラー)……ふわっと丸顔のイメージが強かったけれど、かなり精悍になった感じ。今までいい人役が多かったけれど、今回は前半はちょっと不良っぽいスター。それも若い子が粋がって悪ぶっている感じで、割と等身大っぽかったのかな。しかし、ファンはもっと大人の男とかもっと黒い役がみたいのではないかな。今作では、あらすじに書いてあった「下積みで苦労」エピソードもないし、2番手とのがっつりエピソードもなく、いきなりふてくされて登場してすぐ解雇されちゃうというややお気の毒な展開ではありましたが、主人公の成長物語にはなっていたし、カッコイイシーンもあったし、作品全体の評判もまずまずでよかったのではないでしょうか。この作品の一番の目的は、キキちゃんがかっこよく見えること、だもんね。
 
次はこの人……
 
朝月希和(クロエ・スペンサー)……主人公ノアの押しかけマネージャー。金と男にだらしがない。彼女がこの公演で一番評価を上げたんじゃないかと思うくらい、よかったと思います。ハイテンションでコメディしつつも宝塚の娘役からは逸脱せず。クロエは基本的によく考えないで行動に移すケーハクなところがあるんだけど、ノアのために時には元の事務所の社長にくってかかったり、となかなか芯はしっかりしているし情にも篤い。自分もがけっぷちだけど、こうと決めたらノアのために仕事はがんばるし、他人のことも思いやれるし、なによりかわいいし、女性の観客の多くは彼女に感情移入したのではないでしょうか……。今作に登場する女性のなかでは一番現代的な女性でしたね。演じるひらめちゃんは、これまで子役が多かったように思うけれど(最初にもらった大劇場の大きな役が「愛と革命の詩」の子役だったんじゃないかな)、こういう大人(といっても若い娘という感じだが)の役も上手いんですね。これからもいろんな役が見てみたいです。
 
この公演、演技派娘役が大活躍でしたよね。
 
美花梨乃(お姉さん)……戦隊ショーの司会のお姉さんのあの声、わざとらしいしゃべりが秀逸。キャラもしっかり立っていた。これまではスタイルのいい娘役さんというイメージしかなかったのですが、こんな振り切った演技をする人だったんだ! この作品見なければそのこと知らないままだったかもしれず、得した気分です。もちろん、「よいこ」である私は、毎回お姉さんの掛け声に合わせて「ますくじぇ~い」と声を上げてました。

若草萌香(アイドルだったダイアナ)……上にも書きましたが、不必要に長いテレビショッピングの場面がもっていたのは彼女のおかげ。「コケコッコー」が滑らないのはある意味すごい。後半の場面では、マイラのお母さん役で出てくるんだけど、そのときはちゃんと地味な女性になっていて、その演じ分けも〇。これから学年もあがって大劇場でも役が付いてくるようになるかな? ヒロインタイプではないけれど、芝居に厚みを与えるくれるジェンヌさんですね。
 
音くり寿(マイラ・パーカー)……彼女は何でもできるけど、特に歌がすごい。彼女が歌い出すと舞台の色がさっと変わる。ただ、個人的には、彼女の芝居のちょっとクサいと思うところがあって……この作品では、「ケセラセラってね」というセリフがもうクサくてクサくて毎回背中がムズムズしてしまいました。いや、そんなベタなセリフを彼女に書いてしまうのもどうかと思うけれど……。彼女はヒロインをすでに何回もやっていますが、ヒロインタイプというより別格なのかな……と個人的には思いますが、劇団はトップにしようとしているのかな……。だったらもう上手いのはわかったので、おとなしい女性の役とかもっと大人の役とかを彼女に振って、役の幅を広げてもらったほうがいいと思うのですが……。
 
糸月雪羽(少年ノア)……声が低くて太くて男の子らしさが出ていてとてもよかった。私はどうも宝塚の子役演技が苦手で、彼女の演技もそういう意味では、「宝塚の子役」演技を逸脱しているわけではないので、手放しでほめるものではありませんが……上手いと思いました。音くり寿と同期の研3(もうすぐ研4)。この期は「金色の砂漠」で若かりし日のアムダリヤをやった華優希もいて、なかなかすごいですね。
 
あとは気になる下級生男役
 
聖乃あすか(警官ラッキー、ジェイ)……ノアの幼馴染の警官もセリフがあって目立つ役だけれど、18年前の「MASK☆J」の顔出し主演俳優ジェイは彼女にぴったり。今作はスーツアクターがメインだけど、世間では、スーツアクターのハルよりも顔出ししている俳優のほうが人気者のはずですよね。そんなジェイ役も甘い二枚目で華がある彼女がやると説得力があります。このスターらしい華がすでにちゃんと出てるのは素晴らしい。ちょっと背が低いのが残念だけど。あ、警官役で言えば、オープニングムービーではノアが幼馴染のラッキーの肩を抱いている(逆だったか?)シーンがあるんですが、本編では、そこまでの接近はなかったのが残念(そこか……)。
 
翼杏寿(ブラックエンジェルスS)……いや、Sはついてないけど。彼女はほかにも記者とかチンピラを演っていますが、もちろん注目すべきは「ブラックエンジェルス」ですよね。要するにショッカーみたいな悪の手先。そのなかで毎回「身ぐるみ脱いで置いてきな……」と台詞を言っているのが彼女。その「悪の手先」っぽい大仰な話し方が上手い。まだ研2(もうすぐ研3)とは、今後が楽しみです。
 
最後に、物語についての不満あれこれは、いまから脚本書き直すわけにいかないからしょうがないと思うけれど、一つだけお願いしとくとすれば、和海しょう君演じるプロデューサーのホセ・カルロスのセリフ「補填を償ってもらうぞ」は、「損害を補填してもらうぞ」とか「損失を償ってもらうぞ」でいいんじゃないのかな、と思いますが。どうでしょう。
 
 

March 21, 2017

スーツアクターとタカラジェンヌ

花組 赤坂ACTシアター公演「MY HERO」-2

 劇中に印象的なセリフがありました。
 主人公のノアは、事務所を解雇されて仕事がなくなり、遊園地のMASK☆Jヒーローショーに(スーツアクターとして)いやいや出たものの、途中で共演者(悪役)と本気の殴り合いになり、被りものを取ってステージを降りてしまう。そこで、それを見ていた(MASK☆Jというヒーローに特別な思い入れのある)ヒロインのマイラに「あなたは私の夢を壊したわ!」と言われて、目が覚めて、その後は心を入れ替えてスーツアクターを真面目にやるのですが、これ、ファンの夢を壊さないように振る舞うタカラジェンヌと重なりますよね……。そして、彼女たちは時々そうやって振る舞っていることが辛くならないのかな……。まあ、宝塚の場合、ファンもその夢を壊さないように、協力している部分もあるけど。ある種共犯者的な部分というか……。
 
 ちなみに、ノアのように舞台の上でキレてしまうのはもちろんダメだと思いますが、実際のスーツアクターは被りものを取ってしまえばもう別人だからいいとして、テレビでヒーローものの正義の味方を演じている俳優さんは、子供がいつどこで見ているかわからないから普段の行動にも気を付けなくてはいけなくて大変だ、というのをどこかで読んだ(見た?)ことがあります。そういえば。
 
 えー、観劇回数を重ね、ショーのように楽しめるようになってきた(笑)「MY HERO」。
 が、やはり気になるところは気になります。結局テリーがらみですが。
 ノアがスキャンダルで解雇されたあと、事務所でテリーとすれ違い、「おまえ、スーツアクターなんてやってて悔しくないの?」みたいなことを言うんですけど、ここが唐突で、それ、解雇された人間が言うセリフじゃないだろう、と。解雇されたあとに言う嫌味なら「お前もマスクJの仕事なくなって解雇か?」とか、「俺のせいで仕事なくちゃって、なんか文句あるんだろ?」とかそんな感じじゃないかな……。あそこは、ノアがスーツアクターを軽蔑しているということをはっきりさせるために必要なシーンなんだろうけど、本当は記者会見の前に言ってもらいたいものです。しかしこの作品は記者会見から始まっているからそうもいかないのかな。あと、スーツアクターの地位がよくわからないんですが、テリーがスターのノアと同じ事務所に属していて、さらに事務所内での態度がけっこうでかいのもやや違和感があります。
 ということで、たとえば、会見のあとに、会場でノアとテリーがすれ違い(テリーは記者会見を見に来ていた)、「なんだ。おまえ来てたのか。記者会見に出るわけでもないのに。おまえの顔見ても誰もわからないもんな。だいたいさ、おまえスーツアクターなんかして何がうれしいの?」なんて言っちゃう、とか。どうでしょう? このときはまだノアは自信満々ですもんね。
 
 あ、あともう一つだけ文句を言うとしたら、テリーの病気ネタの回収ですよ……。これは中途半端じゃないですかね。いまのまんまでは病気設定いらない気がするんですけど(→まさか病院でノアがメイベルさんに会うため??)。
 もし、病気ネタを入れるなら、ここはベタですが、やっぱり「僕は病気でもう仕事ができないんだ」と病床で語らせるとかしないといけなかったのでは。もちろんノアの手を握って。ノアが肩を抱くも可(笑)。さらにベタなら撮影中に倒れたとときにノアに抱き起してもらって、「おれはあきらめない。いつか帰ってくるぜ」みたいなことを言うとか。
 さらにベタベタだと、そのまま現場で死んじゃう……ってなりますよね。実際、現場で死ねたら本望かみたいなセリフもあったし。主演男役の腕のなかで死ぬ2番手男役。これも宝塚ではよくあるラストではないかと思いますが、今作は、ここでテリーが死んでしまうと話が重すぎるかな……。
 
 社長が病院で言っているテリーの病名は「リンフォーマ」なんでしょうか。悪性リンパ腫のこと? この作品、ときどき英語使っているけど、基準がやや謎。スマイリーさんの適当英語は基礎英語というかすごくわかりやすいカタカナ英語だし、いかがわしさを出すためという狙いも明確だからいいのですが。
 それにしても、病気だとわかっていても演じることにこだわっていたはずなのに、ノアが覚醒すると、「僕にはヒーローのDNAがないし」とか言い出してあっさり引退?するテリーって行動に一貫性がなくてヘン。あれはノアに病気が重いと悟られないようにわざと明るくふるまっているだけなのかしら……。
 まあ、エンドムービーでは、ノアとクロエとマイラはパリにいたけど、テリーはブラックエンジェルスと戦っていたので、もしかして、妹セーラによる最新医療を駆使した治療が成功して、テリーは現場に復帰している、ということなのかな、とも思いますが。(笑)
 
 今日、突然ひらめいたのですが、「ハル・テイラーを見てスーツアクターになりたいと思った」というテリーは、な、な、なんと実在していなくて、それはノアが封印した少年時代の自分。だから、ノアが少年時代の素直な気持ちを取り戻したら、そっと消えていくのでした……ってどうでしょう? テリー幻影説。……だから、書き込みが浅い上にご都合主義っぽい人物だったのか。ってのは冗談ですが、テリーの言っていることは、まさに少年時代のノア。だからノアは消してしまいたい過去の自分にそっくりなテリーを嫌っていたんですね。
 
 
 
 

March 18, 2017

MY HERO。テーマは家族愛!?

花組 赤坂ACTシアター公演「MY HERO」-1
 初めて、初日を見ました。関係者の姿が客席に見えて、ああやっぱり初日なんだな……と。プログラムを買うのにすごい行列ができていて、もしかしたらいつもあんなもんなのかもしれないけれど、やっぱり初日ならでは、なのかなと思ったりしました。
 
 そして別箱でも関西スタートが多い宝塚公演だけど、MY HEROは、東京スタートなので、正真正銘の初日! いつも、すでに関西で上演してある程度こなれたものを見ている我々東京ベースのファンには貴重な経験だったんですね。
 これからどんどん芝居が進化するのかもしれないのに、初日の印象であまり多くの語るのはどうなのかな? とも思うけど、印象を書き記しておきます。ネタバレしてます。
 MY HEROは……コメディでした。初日からがんがん笑いをとってました。なかでも上手いし、お得だったのが、スマイルファミリーの3人(天真みちる、乙羽映見、矢吹世奈)かな。天真みちるが相変わらずうまいんだけど彼女はほとんど殿堂入りなんで、個人的にVIPは乙羽映見。トンデモ一家のトンデモ夫人、エマ・スマイリーを大げさに楽しそうに演じてました。アクの強い女性だけど、あくまでゴージャス美人なのがいいですよね。スタイルの良さを強調する衣装がまた素敵でした。彼女、金色の砂漠のカゲソロしてたし、Ernest in Loveのフィナーレでもソロあったので歌が上手いのはよく知っていたんですが、お芝居ちゃんと見たことなかったので、ついにその実力を目の当たりにしたという感じ。
 老人ホームの老人たちのなかでは、私は断然、夏葉ことりちゃんだな。歌が上手いのはこの前の全ツ「仮面のロマネスク」で知っていたけど、お芝居も上手いんですね。しかも、すでにタキさん(OGの出雲綾さん)路線というか別格まっしぐら。老人ホームのおばあさん役というのもスゴイけど、その前に、イケてない太目の社長令嬢役で出てきたときもなかなかの衝撃でした。「あ、彼女はこういうキャラでいくのね」と。いや、全ツのときは、あくまで可憐に歌っていたので(歌声はいかにも娘役風)、見た目とのギャップをどうしようかと悩んだのですが、もう彼女はこういう路線なんだということがこの公演でははっきり示されたので、なんかこれからは安心してみることができそうです。ドタバタ芝居、上手いです。まだ研2でしょ……。
 しかし、この作品、コメディパートが多く、そっちに出ているほうが印象が強くなってお得かもしれません。いやはっきりコメディパートとシリアスパートに二分されているわけではないけれど……。主人公のノアは両方に絡むしね。そして、2番手テリーは、コメディにはほとんどからまない。発散できないシリアスパート担当。
 で、やっと本題に入りますが、2番手ファンとして見ると、この作品は物足りないんですよね……。
「MY HERO」は公式サイトの主な出演者が4人。上から、ノア・テイラーの芹香斗亜、テリー・ベネットの鳳月杏、クロエ・スペンサーの朝月希和、マイラ・パーカーの音くり寿となっている。最初にこの「主な出演者」が出た時は、けっこう2番手の比重が高いのか、ラブより友情か……とワクワクしたものです。しかし、観劇してみると、ノアとテリーの葛藤の書き込みが薄く、この4人の並びがこうなったのは、男役2番手の比重が高いから、ではなくて、単にヒロインがダブルで優劣がつけられないからだったのかな、と思いました。実際、朝月希和と音くり寿の2人の扱いは……ほぼ同じ、やはりダブルヒロインなんだな、という感想。しかし、ナレーションでは、マイラ・パーカーのことをヒロイン、と呼んでいたので、「あ、そうなの?」と思いましたけど(しかし、人物紹介などで入っていたナレーションってそもそも必要だったかな? ちょっと蛇足のように思いました。しかも最初は誰が話しているのかわかりづらいし)。(追記:ナレーションに関しては、1幕最後と2幕最後で、特撮ヒーロー物の番組のように「続きはコマーシャルのあと……」などと入るのは効果的なんで、いいんじゃないかと)。
 ええと、本題に戻ります。主人公と2番手男役がもっとがっつり組んでほしかったという件。
 うーん、テリーがノアに複雑な感情があることはわかるんだけど……。
 しかし、冒頭から主人公はスキャンダルで転落しかかっているのに、2番手のテリーに嫌味言ったりするのもちょっと人間が小さく見えて、あまり効果的ではなかったような(笑) むしろ、最初にノアがスター然としているシーンをちゃんと見せて、光と影、スターとスタントマンの2人の差を強調してから始めたほうがよかったのではないかしらん。あと、2人は大学時代の同級生らしいけど、そのころの関係が見えてこないというか……。具体的エピソードはなくてもいいけど、「大学時代は親友でお互いスターになろうと頑張ってきた2人。でもその後ノアだけがスターに」なのか、「大学時代からノアはスターで、テリーはそれをずっと横目で見てきた。そのころからノアはテリーをちょっとバカにしたように扱っていた」のか見えてこなかった。だから逆転劇もなんか淡々としちゃっていたような。
 いや、宝塚ではないふつうの演劇なら、男の友情パートが薄くても、ほかの人間関係が描かれていればいいのかもしれませんが、ここは宝塚! 主な出演者が男男娘娘の順だったら、ふつう主演の男役と2番手男役のがっつり芝居を期待しちゃう、と思っちゃうんですけど……。
 確かに2番手のテリーはかなり出番も多く、ソロ歌もあり、ちゃんと出番的には2番手の扱いは受けていたと思います。その辺は、いくら重要な役であっても、銀橋で一曲どころか、ソロ歌もないジャハンギール王とは違う。しかし、なんかテリーが歌(「ミリオン・サマー」)を歌うところも……あっさりしすぎていたような。まあ、このへんは回を重ねると違ってくるのかな、と思いますが、曲調の問題かな……。
 うーん、全体的に言うと、コメディとして成功しているし、いろいろ細かいネタをぶっこんでいて楽しいけど(え、まるでコイケ先生の得意な世界征服の野望を持つ悪役登場!?と思ったら、くり寿ちゃんの「わかりやすい悪者ね」と言うセリフがあり、おおお。ちゃんと批評性もあるんだぜってこと?と思いました。いや、そもそもあの世界征服シーンは、コイケ先生へのオマージュなのかな)、肝心のドラマ部分、特に、ノアとテリー男2人の葛藤と友情をもう少ししっかり描いてほしかったな、と。まあ、葛藤という点では、父との葛藤のほうがはっきり描かれていましたね。この作品、男同士の友情ものかと思ったら、ファザコンそしてそれが転じてマザコンものなのでした……。ん? 違う?
 あ、あと、ちょっと補足すると、ヒロイン2人の扱いはそんなに悪くなかったと思います。二人とも自分の道は自分で切り開いていく魅力的な女性だったし、主人公のノアともしっかり絡んでいたので。しかし、ラブ要素は少なかった、いやほとんどなかったけどね……(これ、実は問題?)。
 
 

February 05, 2017

「金色の砂漠」テオドロス編

花組 東京宝塚劇場公演「雪華抄」「金色の砂漠」-03
 テオドロスって、かなり美味しい役なんじゃないかと思うんです。イケメンで都会派というキャラが立っているし、とんでもない価値観を持っている砂漠の国の人々とは違って、ぐっと現代的な感覚があり、観客に近い、つまり共感を得やすい。あの登場人物のなかで、実は一番クレバーなのかな、とも思います。まあ、クレバーなのがあの話の中では幸せかどうかは別として。
 彼のクレバーさが発揮されるのが、タルハーミネ駆け落ち発覚からの命乞い演説ですよね。あそこのテオドロスはすごくいいこと言っている。ジャハンギールには、「あなたに似たこの気高い姫を愛しておられませんか」と痛いところをつくし、タルハーミネに言う「なぜ父君を救われぬ」も(このへんのクレバーさは脚本を読むと大変よくわかるのですが、どうも柚香光の滑舌の悪さが、セリフの浸透力を弱めているような。さすがに何を言っているかわからないということはありませんでしたが)。タルハーミネは、激情家ではあるけど、王女の誇りを強く持っていて、父王をすごく尊敬している。彼はそこに賭けたんでしょう。最初に、「私には実利がある」と言っているけれど、テオドロスは、タルハーミネと結婚してこの国の王になりたい、ということはもちろんあるんだけど、タルハーミネを失いたくないというより(彼女への思いは冷めてしまったのでは?)、くだらない「誇り」とやらで、ジャハンギールが娘を手にかけるという事態を(王のため、国のために)なんとか止めようとしていただけではないかな、と私は思います。
 で、最悪の事態を回避したあとは、さすがに、タルハーミネのことは前と同じようには接することはできないけれど、この野蛮な国には完全に絶望していないというか、このジャハンギール王のもとでやっていこうというやる気は失っていなかった、と。確かに「実利」の人ですね。彼も、ガリアには居場所はなくて、ガリアの力を借りつつこの未知の国でやっていくしかないと腹はくくっていたのでは。 
 7年たってもタルハーミネが自分に心を全く開いてくれないのはちょっと誤算だったのかもしれませんが。
 そして、彼は全く自分と違う価値観を生きているとはいえ、ジャハンギールのことは評価していたように思いました。というかこの国の価値はこの王に依るところが大きい、と認識していたのでは。だから、ジャハンギールが奴隷、しかも自分の妻と駆け落ちしようとした奴隷に殺されたときに、この国を見限ったのではないか、と。
 そう考えると、国を出ていくというあの行動はじゅうぶん理解できるのです。しかし、ここで私が気になるのが、あの、去り際の「フンッ」なんですよね。あの軽蔑するような言い方が、テオドロスをちょっと軽い人間にしてしまっているというか……。テオドロスファン(笑)としては、残念。あそこは、むしろ冷静なビジネスマンの選択だと思うので、「誇り」にすがっているタルハーミネを憐れむような視線があってもよかったかな、と。「わかっていないのはあなただ」、もっと説明するとしたら「偉大な父王が死に、あなたの思い人が返ってきたこの国に、もはや私がいる理由はありません(いままでないがしろにしておいて何言っているんだ)」ぐらいの感じ? あの「フンッ」だとちょっと人間が小さく見えてしまうようで……。
 まあ、彼も本当は不幸な人だとは思います。ガリアでは末っ子?でじゃけんにされ、父王(絶対父親にコンプレックスあり)によって野蛮な田舎の国に政略結婚しに行かされ……。あ、テオドロスはジャハンギールに父の幻影を追っていたのかも……。武術はダメダメな婿だけど、ジャハンギールは自分の知らない世界から来たテオドロスのことはそれなりに評価していたのではないかと。少なくともバカにはしていないと思うんですよね。
 ちょっと妄想入っているかな……。
 
 というわけで、いろいろ美味しいテオドロス役。柚香光のテオドロスは、イケメンぶり、ナルシストぶりはすごく出ていたと思うけれど(あれはなかなかできませんよ。究極の当て書き)、セリフが弱いことなどもあって、その美味しいところをフルに利用できていなかったような気がしてちょっと残念です。いや、ほんとはまり役だとは思うけど。

February 04, 2017

「金色の砂漠」ジャハンギール編

花組 東京宝塚劇場公演「雪華抄」「金色の砂漠」-02
 もうすぐ終わってしまう「金色の砂漠」。今回はジャハンギール編(6日にちょっと手を入れました)。
 
 いやもう、鳳月杏ファンとしては、大変うれしい作品でした。ヒロインの父で、主人公の敵役でもあるジャハンギールって、ストーリーからふつうに考えると、しぶい上級生がやってもおかしくないような役ですよね。実際、ジャハンギールの死に様をあっさりさせれば(あ、あと娘の命乞いももう少しあっさりかな)、ちょっと美味しい別格上級生の役にすることも可能だったと思う。しかし、上田先生はそうはしなかった。ジャハンギールの死に際が一つの見せ場になっていて、いや本当に感謝しかないです。もちろん、中盤の娘に死を命じるところもかなりいい場面だよね。あと、結婚式のところでも舞台の中央は王様だし……。あんなに見せ場をもらうことができて、本当に……。お礼をいいたい(笑)。
 王様は単なる脇役ではない、重要な登場人物の一人。しかも、アムダリヤとの関係が想像を掻き立てて、スピンアウト望む声多数(笑)。たしかに、もっと知りたくなる二人なんですよね。ジャハンギールとアムダリヤ。過去に取引をして始まった関係だけど、王妃も王を愛してしまい……。そんなアムダリヤの葛藤とか、略奪婚直後のジャハンギールとアムダリヤのやりとりとか、もっと知りたくなる(笑)。しかし、さすがにそっちを書き込んだら、全体のバランスが崩れてしまう。トップ男役に始まる宝塚の秩序から考えたら、ジャハンギールの書き込みは、今ぐらいがギリギリだったのかな、とも思います。
 この作品、「宝塚の番手」という意味ではかなりしっかり作られているんですよね。そういう意味ではオーソドックス。しかし、トップ、二番手、三番手以外のところは、割と演出家の意図が出ているのかな、と思います。
 たとえば、天真みちる(ゴラーズ)の役の大きさ、とか。もちろん彼女の上手さはファンならみんな知っていることだけど、いままでにない大きな役ではないですか? 第三王女の音くり寿については、別箱、新公では活躍しているから特に驚くことではないかもしれないけれど、本公演に限っていえば、初めての大きい役。あと、出番は少ないけど、鞠花ゆめ(ルババ)は非常に効果的に使われているし。若手でいうと、回想シーンのアムダリヤの華優希もなかなかの抜擢かな。つまり、番手以外、上級生以外のところでは、芝居のできる生徒を積極的に配している、といいますか……。
 
 でもって、ジャハンギール、鳳月杏なのです。
 鳳月杏のいまの花組での地位は、男役トップ明日海りお、二番手芹香斗亜、三番手柚香光の次にくる、四番手五番手グループ。あえて順番つけると四番手が瀬戸かずやで、五番手かな。しかし、この四、五は、二、三より学年が上でやや別格。トップが退団、あるいは二、三が組替えしたときに二、三に繰り上がることが確実視されているものではない。
 今回の公演を見て、いまの花組はトップ、二番手、三番手ははっきりさせているけど(過去にはそのへんがぼかされている組もあり)、この三人だけでなく、瀬戸かずや、鳳月杏も含めた五人、ときには水美舞斗を入れた六人をピックアップしているシーンが目立つような印象を受けました。っていうか具体的にいうと、金色フィナーレの黒燕尾、最初の大階段板付きが五人で、その後、舞台に降りてきたときの戦隊ポーズは六人(あ、ここプログラム見たら、役としては、熱風の男Sが明日海りお、Aが芹香斗亜と柚香光で、瀬戸かずや、鳳月杏(もちろん、水美舞斗も)は、ほかの男役と同じただの「熱風の男」なんだ!! いや、このへんプログラムと照らし合わせて誰なのか確認している人は少ないと思うけど、ちょっと実際の見え方と違うよね……)。
 まあ、たまたまそういう構成にしてみただけなのかもしれないけど、少人数の黒燕尾大階段板付きにピックアップされるなんて、鳳月杏ファンとしてはちょっと感激でした。
 
 そんな鳳月杏の今回の役、ジャハンギールはストーリー上は、トップ、二番手、三番手に次ぐ、あるいは年取っていることを除けば、それほど二番、三番とは差がないともいえる大きな役。とはいえ、銀橋ソロ歌はないなど、宝塚的に言えば、二番手、三番手とはちゃんと差がついている。
 
 ここで激しく脱線しますが、この作品、当て書きがぴったりはまっているから、なかなか再演難しいように思うけど、二番手、三番手の持ち味に合わせて役の比重を変えていけばけっこうおもしろいと思いました。つまり、ちょっと年上に見えるような渋めの二番手がいる組だったらジャハンギール王二番手とか、ツンデレ王子が似合いそうなイケメン二番手だったらテオドロス二番手とか。なかなかいいんじゃないでしょうか。それぞれの役が二番手になれるような要素満載ですもんね。
 ただし、そもそも、トップがこじらせ奴隷のギィくんのキャラなのか、という大問題がありますけど(あの役が似合うトップ男役はそういないかも……)。やっぱ再演は無理かな(笑)。
 
 それはさておき、そんな二番手にしてもいいようないい役を上田先生が鳳月杏に当て書きした、というのはファンとしては有り難いことで(そこには、「月雲の皇子」からの信頼感もあるのだろうけど)、鳳月杏はその演出家(作者)の期待にじゅうぶん答えていたと思いました。王としての貫禄、鷹揚さがとてもよく出ていて。最初フケ役かと思ったけど、実は威厳はあるけど若々しく、二枚目で、ラブ要素もあり、ちゃんと路線の役になっていたと思いました(ちょっと贔屓目入っているかな)。個人的にはもう少し荒っぽい感じがあってもいいのかな、とか思いましたし、セリフもよく通っていたけど、ときどき聞こえづらいところがあったのがちょっとだけ気になったけど(これはほんのちょっと。というかこの芝居、がなるところが多くてみんな大変)。冒頭だって、歓迎の宴のあと、ゴラーズさんの「見事見事」を受けて、芝居の第一声といってもいいセリフ(歓迎の言葉)を言うのはジャハンギールだし。もちろん、厳密にいえば、この芝居の第一声は、一番最初の砂漠のシーンの「追放者」の「もう少しでオアシスにつく……」だけれど、あれは誰が発したかわからない設定だから、このジャハンギール王の第一声は、砂漠の王国の物語の「始まり」としてかなり印象的。でもって、王様が、エエ声でね……。かっこよかったです。

 ここでまた脱線するけど、最近鳳月杏の出ている新人公演の録画をいくつか見たんです。で、例えば、「アルジェの男」のジャックなんて、二番手の役で出番は多いしカッコイイんだけど、正直、技術的にはまだまだなところも多く、「今やればすごくかっこいいんだろうけどね……」と微笑ましくなったりしていたのですが、「夢の浮橋」新人公演でやった宰相中将は、役は大きくないけれど、ほかの生徒と比べても、時代劇特有の感情を抑えたセリフ回しの完成度が高くてちょっと驚きました。実は、この「夢の浮橋」新公で、私は初めて鳳月杏を認識したのですが、それも納得、というか、こういう時代劇的なセリフ回しは学年が低いうちからうまかったんだな……と。今の彼女はお貴族様が出てこない現代モノでも達者にこなすけど、「金色の砂漠」のジャハンギールみたいな大仰な芝居(時代劇)、重々しいセリフは昔から得意分野ではあったんだな……と改めて思いました。
 
「金色の砂漠」の話に戻ります。第一声のこと書いていて思い出したけど、歓迎の宴の王様の振り付けだけは……ちょっと物足りなかったかな。あれなら王様は踊らなくてもよかったような。だって、私、最初にテオドロスが、「なかでもとりわけジャハンギール王は見事」と「世辞」(笑)を言っているのを聞いたとき、「え、王様パフォーマンスしてないし。なんで?」と思いましたもん。その後気づいたけど、あの振りが王様の踊りだったのか。(笑)
 
 とにかく、このタイミングでこの役に巡り合えてよかった……。ファンとしてはただただ役を書いた上田先生と、それを自分のものにした鳳月杏、そのめぐりあわせに感謝。
 一か所だけ、気になるセリフは王様が死を覚悟して、「私とは、恋に惑い、禍根を残すとは」と言うところの「恋に惑い」なんですが、「恋」って言葉がちょっと軟弱な感じがして、時代がかったキャラのジャハンギールには似合わないような。うまく思いつかないけれど、「女」とかでもよかったのではないかと思ったりしました。そうでもないか?

 話が行ったり来たりしていてすみません。次は、実は、最も気になる登場人物?テオドロス編(の予定)。
 

January 30, 2017

日本物ショーを世界遺産に

花組 東京宝塚劇場公演「雪華抄」「金色の砂漠」-01
 東京公演ももう終わり。寂しくなるな……。私、この公演の芝居とショーの組み合わせって、何年に一度といっていいくらいの好カードじゃないか、というか、えーっとなんていうんでしょう。両方とも質が高く、全然違ういい組み合わせだと思うんですよ。珍しく知り合いにも勧めちゃいましたし(宝塚は好きだけれど、全公演見るわけではない知人に)。
 特に「雪華抄」、観る前はあまり期待していなかったのに、観たら意外によくて、芝居と違って筋がないぶん、脊髄反射的な(この言い方でいいのかな……)楽しみ方をしているせいか、回数を重ねても常に新鮮で、もう、「金色の砂漠」より好きなんじゃないかと思うこともあるくらい……。(いや、「金色の砂漠」は大大大好きなんだけど)
 というわけで、「雪華抄」のツボ。脊髄反射だから、説明しづらいんですが……。
 私は宝塚歴14年ぐらい。そのあいだに日本物のショーを何回か見ているわけですが……。えーっと、星組の「さくら」とか、「宝塚花の踊り絵巻」「宝塚ジャポニズム~序破急~」、月組の「宝塚をどり」かな。こうしてみると星組多い……。
 でも、今までは、日本物のショーって正直言ってあまり好きではなかったのです。けっこう退屈で。
 じゃあ今回、何がよかったのかな、と考えてみたけれど、ざっくりいうと全体のテンポと、音楽の使い方かな。割とテンポよくて現代的なせいで、飽きが来ない……。
 印象的だったのが、松本先生のシーン。舞台上はけっこうシンプルで、音くり寿のカゲソロが響き渡る。松本先生の場面って日本物のショーでは必ず入れなけれならない課題というか、ショートプログラムの要素(っていうんですかね)みたいなものですよね。でもっていままで観たケースだと、ここで観音様みたいなのが出てきたり、声明(しょうみょう)使っちゃったりしちゃったんじゃなかったでしたっけ。ここは単調になったらいかん、と思って何かやりたくなってしまうのかな。演出家は。しかし、「雪華抄」では、あまり奇をてらった演出にせず、音くり寿のソロで聞かせるシンプルな構成にしたのがよかったと思いました。というか、くり寿ちゃん、ああいうこぶしの効いたような歌い方、低い声がとても良かった。
 あとは、これはわりとよく言われているような気もするけど、やはり鷹と鷲のシーンが斬新でよかったかな。音楽がかなりアップテンポ。そして、動きもそれほど日本舞踊っぽいわけでもなかったけど、セット、衣装等で日本物らしさは出ていたし。男役だけ、というのも、ちょっと黒燕尾的で。
 それから、プロローグ、フィナーレ、中詰め(民謡メドレー)と、割と出し惜しみなく大人数を舞台に乗せていたものよかったような。中村Bセンセのショーみたいで。
 あ、あと、この「雪華抄」成功の理由の一つはトップの明日海りおが、日本物が似合う男役だったから、というのはありそう。化粧、佇まい……。これは似合う人と似合わない人がいるので……。
 松本先生のところの音くり寿については上で言及したけど、ほかにも歌が上手い人を効果的に使っていたよね。特にフィナーレのカゲソロ二人(咲乃深音と愛乃一真)! まだ下級生だけど、うまい。貢献度高い! やっぱり歌が上手い生徒に歌わせないとね。そして、こうくるかーと思ったのは、雪のシーンの和海しょうのソロ。えーっと、この場面で和海しょうが銀橋に出て一曲歌うってかなりの抜擢だよね。これも成功していたと思います。それにしても、彼女は一回くらい新公主役やってもよかったのにね……と思うのですが、すぐ下が95期のマイれいというのがいけなかったか……。あ、脱線。
 日本舞踊については、正直、上手い下手はわからないのですが、花道に並ぶ下級生を見ていると、手をぶんぶん振っている、という風な生徒もいて、かなりレベルにバラツキを感じました。センター付近の生徒だと、さすがにそうひどい人はいないのだけれど。
 ちなみに、総踊り?を見ていて「うまい」と思ったのは、鞠花ゆめ様(なぜここだけ敬称付き?)。動きがほかの人と違いました。そして、タカラジェンヌとしては弱点にもなっているであろうあの頭身バランスは和物だとしっくりくる! あと、もう一人、下手花道の付け根あたりで踊っていた娘役さんもうまかったな……。誰だろうあれ。

そのほか、おもいつくままに。

「番手のついている人には宝塚のルールにのっとって歌っていただきましょう」の民謡メドレーは、ちょっとお歌が難しそうだったこともあり、歌い継ぎのところは毎回ちょっとハラハラしてしまいました。最後は総踊りで盛り上がっていいんだけども。ここの冒頭、手ぬぐいひっかけて銀橋にやってくる瀬戸かずや兄貴が男前でね……。あそこで毎回期待値MAXになります。声を出すとちょっとテンション下がってしまうのがすごく残念なんですが……。
 ちなみに、鳳月杏は……月組のころから実証済ですが、和物のお化粧が大変お似合い(ここだけの話、顔の面積が大きいほうが和物はいいのかな……)。一番目立つシーンの七夕銀橋や、民謡の青天もなかなか似合っていましたが、ワタクシの一番のおすすめは若衆ですね。いやー、若衆のかつらが本当にお似合いでした。
 花組が日本物ショーが相当久しぶりで、そもそも源氏物語やったときも、大劇場の日本物が「野風の笛」以来?とかいう話でしたが、化粧がどひゃー、な人もそういなかったような……。あ、最下級生あたりの「花乙女」は、誰が誰だかわからないすごいことになってしましたけど(笑)。まあそれはご愛敬(?)。
 前にも書いたけど、こういう日本物のショーって宝塚でなきゃ見られないものだから、時代に合わせつつも、ぜひこれからも続けてもらいたい、と思いました。いっそ「世界遺産」に申請したほうがいいのではってなぐらいです。そして、原田先生、ショー向いているのでは? ぜひ洋物も。
 
 
 
 
 
 

December 10, 2016

金色の砂漠を彷徨って【その2】ゲスめ!

花組 宝塚大劇場公演「雪華抄」「金色の砂漠」-02
 第2回ジャハンギール編(ついに!?)。

 私はジャハンギールを演じる鳳月杏のファンでして、初日が開けてからはずっとジャハンギールのことが書かれたブログ、ツイッターのつぶやきを検索しまくっておりました。そのため、12月のあたまにやっとこさ宝塚大劇場に行ったときは、かなりの頭でっかち状態になっていたのです(笑)。
 実際、観劇中は、当然、ジャハンギール王が出てくれば王様中心にオペラを上げておりました。しかし、観劇後の第一印象は……「王様、出番少ないじゃん」でした。
 これはいったいどういうこと? 最初は自分でも戸惑ったのですが、少し時間がたってわかってきました。私は観劇をしてもいないのに、ちなつ(鳳月杏)ファンの皆様の熱い書き込みばかり読んでいたため、ファンの方の濃~い観察、はたまたそこから派生したドリームまですべて織り込んで観劇に臨んでしまっていたのです。つまり、私の頭の中のジャハンギールは膨らんで主役をも食いそうな勢い、いやほとんど主役級になっていたのです。でも、それ、間違いですから!
 王様はとてもいい、演じがいのある役だと思うけど(このへんは詳しく語りたい)、もちろん主役ではないし、2番手でもない。そして(ここ重要)、与えられた役割をいつも的確にこなすちなつ様が、その調和、バランスを壊すような芝居をするわけがない。
 上田先生が再三書いているように、宝塚だって一度しか観劇しない人はいる。その人たちにもちゃんと楽しんでもらえる舞台でなくてはいけない。そういう一回だけしか見ない、特に誰のファンでもない観客にとって、鳳月杏は、ジャハンギールの強さと誇り高さと誠実さを伝えることができていたと思いました。そしてその悲しさも。
 何度も観劇すれば、もっといろいろなことがわかってドリームが広がる、そういう脚本だし、演出だし、彼女の演技でもあると思います。でも私自身は、まだ、回想シーンで王妃に会いにくるときの様子とか、高いところで酒盛りしてるときに、周りの後宮の美女たちを何を話されているのか、とか、立ち回りの一つ一つのしぐさはまだ細かく見ることができていない。まだ「金色の砂漠」という作品を把握するのほうにいっぱいいっぱい。「金色の砂漠」の物語を楽しんだうえで、脚本には書かれていないジャハンギールの物語についてあれこれ考えるのは花組が東京に来てから、になりそうです。
 
 そんな段階ではありますが、「金色の砂漠」でのジャハンギール様がかなり重要な役だということは伝わってきました。主人公ギィの敵役だけど、敵役の枠には収まらない大きな役。王と王妃はギィとタルハーミネの鏡のような存在ですもんね……。登場してすぐの王様は、力で国を統治する王、王女も有無を言わさず従わせてしまう父という強さと自信だけが見えるのですが、ただの暴君じゃない、ということがわかる中盤の決定的な一言がありまして……。それは、王女をしつこく侮辱しようとする奴隷ナルギスを斬るときの、「ゲスめ!」。あのセリフ、ほんと重要ですよね。ああやって観客にジャハンギールの人となりを強く印象付けているんだな。
 そしてこの「ゲスめ!」は、「金色の砂漠」が、宝塚作品にしては生徒に緻密で高レベルの演技を要求するものであると同時に、伝統的な(アナクロな)宝塚歌劇の要素も濃く持っている、ということを思い起こさせてくれる場面でもあります。だって、宝塚で「ゲスめ!」と言えば、「ベルサイユのばら」でオスカルが自分を侮辱したアランに言うことば。しかし、最近「ゲスい」(そして流行語にまでなった「ゲス不倫」)で復活したとはいえ、ののしり言葉としての「ゲス」はほとんど死語ですよね。そして、タカラジェンヌって、「ゲスめ!」なんてセリフを口にしても、観客を納得させるような時空を超える存在であることが求められるんだなー。しかし、この「金色の砂漠」で、鳳月杏はその難題を見事にクリアーしていたと思います。あのセリフによってジャハンギールの男が上がった。もちろん、そこには、ナルギスを演じる高翔みず希組長のいかにも卑劣な演技が不可欠なわけですが。
 あ、一言付け加えるならば、この「ゲスめ!」に続けて、王様は娘に死を申し渡すわけで、ストーリー上はこちらのセリフの方が重要ではあるのですが、直前に「ゲスめ!」があってからの「死の申し渡し」だからこそ、王が、残酷なことを言ってはいるけれど、誇り高い、一本筋の通った男ということがわかるんですよね。
 
今日のひとこと「ゲスめ!」
※ ル・サンク掲載の脚本ではこのセリフ「下司めが!」となっていました。そうでしたっけ!? すんません。私の記憶っていいかげん……。

December 05, 2016

金色の砂漠を彷徨って【その1】

花組 宝塚大劇場公演「雪華抄」「金色の砂漠」-01
 初日が開けてから気になって気になってツイッターやらブログやらでネタバレでもなんでも読みまくっていましたが、やっと私も「金色の砂漠」に行ってきました。
 
 ネタバレしております。
 
 上田久美子先生が今回はエンターテインメントに徹した、そしてこれは涙するための作品ではないとプログラムに書いていますが、確かに、これまでの作品(「月雲の皇子」「翼ある人びと−ブラームスとクララ・シューマン」「星逢一夜」)よりもより寓話的というかおとぎ話的というか、話があり得ないところが、少女漫画的というか、歌舞伎や文楽みたいでしたね。突拍子もない設定やセリフ、奇想天外なシーンが多くて、けっこう初回はニヤニヤしながら見ていたような……。昼メロ的でもあり。壮大なおとぎ話なので、「これはおかしいのではないか」とか「納得できない」という文句は野暮ってもんでしょう。もちろん、おとぎ話のなかではちゃんと世界が構築されてるんですけどね。印象的なセリフも多く、伏線もばっちりはりめぐらしているところはさすがです。
 前回の大劇場デビュー作「星逢一夜」と比べてよかったのは主な登場人物が多いこと。
 ギィ(明日海りお)とタルハーミネ(花乃まりあ)、ジャー(芹香斗亜)とビルマーヤ(桜咲彩花)、そしてジャハンギール(鳳月杏)とアムダリヤ(仙名彩世)が三者三様で、前二者は対照的(まさに奪う愛と与える愛)、ギィとタルハーミネとジャハンギールとアムダリヤは激しい愛で同じ悲劇を繰り返すという関係。
 この三組以外にも、第三王女とその婚約者もいるし、王族にはそれぞれ専属の個性的な奴隷もいるし……。下級生には下級生でけっこう細かく役がついていたし。出演者の多い宝塚にはやはりこれ大事。
 しかも、当て書きがなかなか素晴らしかった。明日海りおギィのこじらせキャラは「春の雪」で実証済とはいえ久しぶりだし、花乃まりあタルハーミネ(第一王女)のわがままドSお嬢様ぶりは……はまりすぎていて、「トップ娘役がこれでいいの?」というぐらいだったし。一気に飛んで高翔組長の家庭教師ナルギス! なかなか組長には当たったことのないような、卑屈で心のねじ曲がった役。それが、彼女の線の細いところに妙にはまっていました。
 芹香斗亜の優しい奴隷ジャーも(語り部も兼ねる)。正直、見るまでは「またいい人か(彼女もちょっと黒い役とかやらないと)」などと思っていたんですけど、とてもよかったです。彼女確かにほんわかキャラで舞台でも「いい人」役が多いんですけど、本人が優しそうだからそう見えちゃったかな、という緩い役と、「穏やかで思いやりがあり、一歩引いて観客に近い位置にいる魅力的な役」を当てられてそれにふさわしい演技をするというのは違うんだな、と実感いたしました。このジャーの恋物語は、相手役の第二王女ビルマーヤ役の桜咲彩花、そして求婚者の天真みちるがまた好演で。このチームが好感度を醸し出せば出すほど、トップコンビの「奪う恋」が引き立つといいますか。まあこの3人は割に思ったことを正直に口にしているので比較的演じやすいところはあったかもしれませんが(ほかの人たちはほんと素直じゃないからね)。
 そして、柚香光のあの空気読まないナルシストのイケメン王子テオドロスという役も……すばらしい当て書き(いや別に本人が空気読まないとかナルシストだとか思ってませんよ)。私も女官になって、「テオドロス様美形ね」とささやきたい(笑)。テオドロスは、異なる世界から来た人間ということで、我々観客側に近い価値観を持っていてそういう意味ではなかなかお得な役でしたね。
 他にも、わがままいっぱいで元気な第三王女(音くり寿)とか、イケメンだけど、ヘタレなその求婚者(冴月瑠那)とか……。おそるべし、当て書き。もし自分が上田先生に当て書きされたら……と考えると、自分の知らなかった一面を見ることになりそうで、興味はあるけどちょっと怖い(大丈夫。上田先生はあなたには当て書きしませんから!) 
 さらにヒロイン・タルハーミネについては、父と娘の絆が描かれているところもよかった。このへんは途中の演出変更でより強く打ち出されるようになったようですが。タルハーミネはギィを愛する一人の女であると同時に「父の娘」でもあったんだな。それを思い出させる柚香光テオドロスのいいセリフがあるんだけど、ちょっとわかりにくくて……。あのセリフがもっとビシっと決まったら、ますます構図がはっきりしていいんだけどなぁ。惜しい。れい君、「がんばれがんばれ」(by プリー)
 上田先生の作品は、芝居のしっかりしている生徒とそうでない生徒の差が大きく出てしまう。観ている側としては、新作だからセリフがちゃんと聞き取れて、しかも感情がはっきり伝わらないと話がわからくなってしまうので結構大変(再演なら、ファンはセリフも芝居の流れも知っているんでね……)。さらに、確かみりお君がどこかで言っていましたが、思っていることと言っていることが違うので、セリフの内容だけでなく、そのときの表情とかが大事。しかし、これは一回や二回の観劇で把握するのは難しい。それにテレビだったらクローズアップにすれば表情がわかるし、「このときのこの人の表情がポイント」とわかるからいいけど、舞台はそうはいかないもので……。観客がそこに注目するようなセリフもだいぶ仕込んであったとはいえ……。その点でいうと、タルハーミネ(花乃まりあ)がちょっと何考えているのかわかりにくい人に見えていたかもしれない。終始強情なお姫様キャラのようだったけど、本当はもっと弱そうだったり、恋にときめいたりするところがあったほうがよかったんじゃないかな……。
 ところで、アムダリヤの最期については、「愛していたのか」とギィのセリフに出てくるけれど、そうなったのは「愛」のためだけではなく、この悲しい運命の連鎖にもう耐えられない、その種をまいた自分の罪に耐えられなくなって(自分が王を愛してしまったことも含め)、というのもあると思うんだけど、あのセリフがあると、そのへんが「愛」に限定されてしまうかな、と思いましたがどうなんでしょう。
「金色の砂漠」は、自分が自分らしくいられるところ、ということなのかな、と理解しました(「ル・サンク」よく読むと、タルハーミネが「(金色の砂漠で)人は魂だけになれる」と言ってますね)。アムダリヤはまだそこへは行けないと思ったから歌を作り、タルハーミネは自尊心を捨てて愛に生きるために行ってしまったし。ギィも復讐心を捨てて愛に生きることにしたんだね。でもってアムダリヤ(の魂?)も最後にはそこへ行くし(ああ、「意味とかこねくり回さずに楽しんでください」という天の声が聞こえてきそう)
 最後砂漠で絶命する二人にもっと泣かせるセリフを言わせることもできたと思うんだけど、そうしなかったのは安易に泣きに走らない、という今回の上田先生のねらいなんでしょうね……。
 いままでの上田作品っていわば文芸大作的なイメージがあったように思うけれど(特に「翼ある人々」とか)、今回の作品はそういう「好き」と言ったらかっこいい、みたいなスノッブ味(おいおいなんだその日本語)はないかもしれない。ちょっとアナクロな舞台設定が宝塚にぴったり、でも芝居自体はすごく緻密に作られている。そしてなんといっても生徒の芝居の力の限界に挑んでいる(つまり生徒の芝居力を引き出す)この作品、私は好きです。
 
 では次はいよいよ、ジャハンギール様のことを中心に……(の予定)。
 
 そうそう、このお話は、奴隷の設定とか、一見荒唐無稽なんですが、王女が自分の意思で行動しているところとか、統治に参加するところとか、けっこうポイントポイントでは現代の価値観にあっている部分もあるんですよね。なんというか、おとぎ話とわかっていても、女性の扱いがウン十年前っぽかったりするのは嫌な感じがすると思うんですよ(後宮の女はどうなんだ、と言われそうだけど、あそこまで現実と離れているとそのへんはおとぎ話として見ることができるのだ)。そういうところもよかったかな。
 
 ああ、それから観劇からまる一日たって思い至ったのですが、「雪華抄」とこの「金色の砂漠」、和物ショーと、古代アラブ物(?)という、いまどき世界でも宝塚歌劇団でしかやらないであろうジャンルを見事に現代的に(←ここ重要)蘇らせているという意味で、すばらしい組み合わせなんですね。そしてロックガンガンのフレンチミュージカルなんかもいいけれど(これはこれで大好きですけどね)、宝塚はこういう、いまや宝塚でしかやらないようなものをこれからもぜひ上演していってほしいな、と思いました。
 
 オーケストラで日本舞踊するのが宝塚ぐらいなら、あんだけたくさんのアラブのギンギラ衣装とターバン持っているの、宝塚ぐらいじゃないでしょうか。ターバン被って燕尾服で踊るのもね。
 
 
 
 
 

November 16, 2016

鹿児島弁がきつかった「桜華に舞え」

星組 東京宝塚劇場公演「桜華に舞え」「ロマンス!!」-01
 北翔海莉の退団公演。実力派で昭和のスターさんのような貫禄のある彼女に合わせた(ってことですよね)和物お芝居とクラッシックなロマンチックレビューの組み合わせ。とはいってもお芝居「桜華……」のほうは、展開がスピーディで登場人物もてんこ盛りの、割に派手でゴージャスな時代劇でした。つまり、和物芝居とはいってもそんなに古くさくはなく、けっこう細かく役が付いていて、若者ウォッチも楽しかったです。いや、今回つくづく思ったけど、星組下級生はイケメンが無駄なぐらい多い。いや、イケメンに無駄はないけど。ちなみに芝居で最初に「!!」と思ったのは、(あとで調べてわかったんだけど)最近スカステで売り出し中の「あまじぃ」こと天路そら君。西郷隆盛(美城れん)の弟、西郷小兵衛をやっていて、けっこう目立ってましたね。セリフもあったし。メイクが大変キレイでした。
 ただね……。この「桜華……」、観た人みんな(いや全員に聞いたわけじゃないけど)が言っていたけど「鹿児島弁のセリフがよくわからない」。大変残念でした。演じているジェンヌたちはがんばっていると思うけど、あれはやりすぎでは。このお芝居の鹿児島弁に呆然として、「ああ、いままでテレビや映画で見た方言芝居は、方言テイストを入れつつも、ちゃんと全国の視聴者・観客にわかるようにばっちりアレンジしてあったんだな」ということに改めて気づきました。当たり前だったんでそのことに思い至っていなかったんですね。
 この芝居、基本はけっこうわかりやすくうまくできていると思うんです。なぜならセリフ(特に決め台詞)がけっこうわからないにもかかわらず、見ていれば大きな流れが理解できたし、ラストシーンではベタだな、と思いつつ涙腺刺激されちゃったし……。登場人物やたら多くて、さらに、そのなかでもそれほどメジャーじゃない(すみません。でも知らなかったもので)桐野利秋が主人公だというのに、「西郷どんは西南戦争で負けちゃう」ということぐらいしかわかっていない私でも十分ついていけましたから。これは、知っている歴史物語とオリジナル設定のつなぎ?が悪くて戸惑った「NOBUNAGA」との大きな違い。だからこそ、鹿児島弁のやりすぎが惜しかったな、と。もちろん鹿児島県の人が見たらまだまだぬるいかもしれないけど、方言を忠実に再現することが目的じゃないし……。むしろ、それがストーリー理解の妨げになっているのってもったいない。たとえ、作者兼演出家がもりあがっちゃっていても、外側の人(制作?)がそういうことアドバイスすればいいんじゃないかな、と思うんだけど……。
 あと、芝居で「おおおっ」と思ったのは軍人役の朝水りょう(いま見たらちゃんと役名もありました。壱城あずさ演じる山縣有朋の部下で田中文五郎)。精悍な男顔!で髭がお似合い。そしてあの廓のようなシーンでの開襟! すばらしい(笑)。あの開襟でファンをだいぶ増やしたことでしょう。あ、あと同期(96期)の拓斗れい君(桐野利秋の弟・中村貞役)もシュッとしたイケメンで……いやほんとイケメンが豊富です。星組。
 さらにさらに、芝居といえば、「この少年誰? 上手い」と思ったのがスリの太郎。新公ヒロインの小桜ほのかちゃんだったんですね、失礼しました。声がとても力強くて、少年役者としてはとてもよかったです。基本うまいと思うので、娘役で大きな役も見てみたいです……。ちょっと舞羽美海ちゃん系というか、元花組の愛純もえりちゃん系のお顔ですね。
 
 ショー「ロマンス」は……。ある意味クラッシックなスター、北翔海莉に合わせたんだろうけど、このへんの感じ方は年齢によるのかもしれなくて、私自身は全然若くない観客なんですが(ここまで言い訳長いです)、正直、ちょっと古くさく感じましたね……。特にプロローグ……。まあ後半はそうでもなかったですけど。「ロックン・ロール・エイジ」はそれぞれの衣装や鬘がいろいろで楽しかったし、電飾の扉というか枠みたいなのを使う「友情」(う、タイトルがダサいが)も好きでした。そんなに新興宗教っぽくなかったし(えーっと、退団公演にありがちなんですが、露出の多くない〔ときにユニセックスな〕〔しばしば白い〕衣装で、男役も娘役も同じ振りでトップさんを中心に踊るシーンってよくありますよね。あれ、新興宗教っぽくて、私好きじゃないんです)。
 で、まだまだ終わらない、星組下級生美形発見話ですが、2回目の観劇のショーの「ロック・ロール・エイジ」と黒燕尾で「ぶつくしい(あ、組違いですが)……これは誰?」と思ったのは、たぶん……湊瑠飛君。プログラムの写真だとくりくりお目目だけど、舞台ではもっとスッとしたお顔になっていました。メイクとか表情のつくり方がうまくなってきたのでは? ちょっと月城かなと君を彷彿。
 あ、あと今回は芝居、ショーを通じて、新公主演の天華えま君が目立ってましたね。スタイルよくて、女装がキュート(ローラースケートギャル、ね。うーん恥ずかしい役名)。芝居では会津の殿様松平容保をやっていて(ワンシーンだけだけど。そのほかバイトあり)、そのノーブルなところが似合ってました。同期の綾凰華君は、芝居の冒頭の三上卓(麻央侑希演じる犬養毅を襲撃)ではちょっと顔が見えづらかったのが残念。彼女はほかにも、紅ゆずる演じる衣波隼太郎の部下・須田良治をやっていて、けっこう人数の少ないシーンに出ていたりはするんだけど、これもやや印象が薄く、名前のある役は一つだけ、の天華君のほうが印象は強かったかな。星組が誇る98期の美形「華華」コンビ、ショーではあまり対では使われていないのか……と思ったら、最後のパレードでダブルトリオをやってましたね。
 あー、お芝居とショーの話がゴチャゴチャになってしまいましたが、私にとって、新しい発見の多い公演でした。って主な出演者の話ほとんど書いてないけど…(笑)。
 

いまさらNOBUNAGA

月組 東京宝塚劇場公演「NOBUNAGA<信長> -下天の夢-」「Forever LOVE!!」
 古い話ですみません。いまさらですが、一応書いておこうかな、と。実は一度書こうとしたときがあったのですが、ちょうど公演の千秋楽のころで、ファンがみんな千秋楽モードになっているときに辛口の感想とか書いてもな……と思ってやめたのでした。それ以降なんとなくタイミングを逸しており……。
 そりゃ退団作って特別だから、劇としてどーのこーの言うのは野暮なのかもしれない。でも、やっぱり退団であろうとお披露目であろうと気になることは気になるんですよね……。さらに最初に書いておくと、私は龍真咲くんのこと結構前から好きでした。だって初バウホール遠征は月組の「Young Bloods!!」(2006年。龍真咲主演)ですから。基本大劇場はどの組も見ているけど、「1789」は好きで何度も行ったし、そうそう「DRAGON NIGHT!!」も行きました。
 ついでに言うと、「NOBUNAGA」作・演出の大野先生の作品も結構好きです。過剰すぎてごちゃごちゃすることもあるけど、作品への思い入れは深いし、だいたい主人公が誠実で共感できる人物だよね。これは前にも書いたけど、プログラムの細かすぎる登場人物解説が特に好き(笑)。「NOBUNAGA」では、白雪さちかが演じた修道女マリアンナの解説がスゴイ。「古今東西の青少年諸君を妙に尼僧好きにしたであろう名著『ぽるとがる文』の筆者より、その役名をとった」……そうなんだ。青少年諸君は尼僧好き……なんだ。catface
……それはさておき、そんな私なのですが(あ、尼僧好きではないです)、この「NOBUNAGA」は、見終わって何かすっきりしなかった。一応2回見たんですが、どうも話が分からない。それは私の理解力不足なの? もうちょっと詳しく言うと理屈で「わからない」というよりも、流れについていけない。別に奇想天外とか、不条理とか予定調和をぶち壊すという意味で分かりにくいのではないと思う。非常に有名な信長という歴史上の人物を主人公にして、フィクションをつくっているのだけれど、どうも信長まわりの「誰もが知っている歴史」と「あまり知らない歴史」と「フィクション」がうまくつながっていなかったのがよくなかったのではないかしらん。例えば、ロルテスまわりのフィクションはまあよかったと思いました。最後のシーンも、ロルテスが信長を逃がして……というところはよかったと思う。だいたい義経=ジンギスカン説のように、歴史上の人物が実は死んでいなくてどこか別の土地に逃げて活躍して……という伝承はよくあるし。
 ロルテスぐらいぶっ飛んでいれば、「これは大野先生が作った話、フィクションね」とわかっていいのだけれど、信長と家臣団のところ、一回裏切ろうとして裏切らない、だけど本能寺に突入……の流れが何かよくわからなかった。浅井長政とお市の方とか、秀吉とねね、とか、明智光秀の本能寺の変とか、このへんの話はかなり有名だから、私たちは何が起きるか知っている、だから「最後は本能寺だよね。凪七瑠海が反旗を翻すんだよね」と思ってみているんだけど、何か中途半端に知らない話(家臣団がみんな裏切ろうとする)が出てくると、「あれ、あれ、こんな話あったっけ??あれれ……これ、オリジナルエピソード?」と思っているうちに、裏切りはあっけなくしぼみ、もう一度信長が力を得て、あ、そうなんだ……と思っていたら、いつの間にか本能寺に突入していた、という印象でした。この脚本では光秀はなんで本能寺の変を起こしたんでしょう?……妹の妻木を殺されたから? なんかピンとこなかったです。ついでにうと、私の場合、斉藤道三の娘である帰蝶との関係――仲がいいんだかよくないんだか――も、一応説明されたみたいだけど、あまりピンときませんでした。
 まあ、信長という、ちょっと変わりもので派手でカリスマ性があるリーダーを龍真咲が演じるという試みはうまくいっていたと思うんですけどね……。
 この作品で、もう一つ難点を言わせていただくと、龍真咲のセリフの抑揚がさらにひどくなっていて、いたことです。今回は時代劇でわざとらしいセリフ回しが多いせいか余計目立ったかな(「1789」は歌が多くてよかった……)。彼女の抑揚が変、というのは誰もが気づいていたことで、いまさら書くのもなんですが(しかも彼女はもう卒業してしまったし)、問題は、彼女にそのことを指摘して、改善させることができなかった(指摘はしたけどダメだったのかもしれないけど)歌劇団にある、と私は思います。演出家はそういうことが言えないのでしょうか。別に能力的に無理なことを言っているのではなくて、昔はあそこまで変じゃなかったんだから、できるはず。パフォーマンスを見せるカンパニーとしてさすがにこれは問題だと思うんですけど……。
 今後、宝塚を卒業した彼女が外部の舞台に立つときに、そこでは矯正されるのかな、と思いますが。というか、もしかすると「男役」のときに癖がついただけで、女役の場合はそんなに出ないのかもしれないけど。
 最後だけど、やっぱりそこは気になりました。残念でした。

«エリザはロケットの衣装が……